第二話 追憶はビートルズとともに

劉秀美(りゅうひでみ)ちゃんの享年は17才。彼女は俺の後輩で初恋の恋人で、ゆうこちゃんの親友で、高校一年の秋に白血病を発症して一年半。彼女は香港の病院で力尽きた。

(画像)

https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818093079521746612

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(前回の続き)

ゆうこ「ご…ごめんなさい先輩、話も聞いてなかったのに思いっきりひっぱたいちゃって」

五月(さつき)「ゆう姉…ごめん~~」

「……五月、おまえは何故、俺にあやまらない!?」

「あ…当たり前だ~~、ち、調子に乗って……あ…あ…あたしの身体、さんざん弄んで……も、もう少しであたし……お…お兄のエッチ!スケベ!大バカ~~~!!」

解せん…何故に俺は五月に怒鳴られている?

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――

状況を整理しよう。


妹の五月は俺にセックスを教えて欲しいと言った。自分は不感症なんじゃないか?自分の膣は使い物にならないんじゃないか?

俺はその疑問に答えた。OK?


五月「うるさい!うざい!キモい!死ね!」

「、、、、解せん」

ゆうこ「まあまあ、先輩、どうどう!」

五月「ゆう姉~、ゆう姉はあたしの味方じゃなきゃ嫌だ~」

ゆうこ「はいはい、五月ちゃんもどうどう!」


久しぶりにゆうこちゃんに会ったのがよほど嬉しかったのか、五月が子供返りしている。


……ゆうこちゃん、相変わらず天使だな。怒らせると大魔神になるけど。


ちなみにゆうこちゃんがこのマンションに入れるのは不思議でも何でもない。

彼女はこの部屋の四本のマスターキーのうちの一本を保持しているのだから。

そして彼女こそが2年前、この部屋の中で一人朽果て掛けていた俺を文字通り身体を張って救いだしてくれたのだから。


「どうすれば、この恩を君に返せるのか」と告げた俺に躊躇いながらも彼女が相談してきたのは


ゆうこ「私、最後までこの高校にいたいんです…」


お父さんの九州転勤で転校もやむ無しと悩んでいたゆうこちゃんの自宅へ、俺は、お袋と五月を伴って訪ねた…精一杯のお礼の気持ちを込めて。

「五月の中学受験と俺の通学で、春から幡ヶ谷のマンションをセカンドハウスにしている。よろしければゆうこちゃんに一年間、ここを使って欲しい」と、ゆうこちゃんのご両親に提案するために。

それから約一年間、ここは俺と五月とゆうこちゃんのセカンドハウスになった。


高校三年のゆうこちゃん、そして中学受験の五月は、この部屋で受験勉強をこなしていた。俺は大学に通いつつ二人の家庭教師をやって、そして、五月に内緒でゆうこちゃんと時々身体を合わせていた(バレてたけど(汗))………ゆうこちゃんは見事に九州大学教育学部に合格を決めたんだ。

――

――

たださ、昨年から九州にいるはずの彼女が何故に今、幡ヶ谷に?


ゆうこ「大学のシンポジウムが新宿であるんだ。あなたの実家に電話したら、お母様があなたと五月ちゃんがまだいるから、遠慮無く宿泊に使ってくれっておっしゃられて」

五月「…ごめん、母からお兄に伝えてくれって言われてた…ああっ!!痛い!痛い!痛いよ~~」


このガキゃ~大事なことを!

頭にきたので、思わずこいつのこめかみをグリグリしてしまった。


ゆうこ「!や、やめなさい!先輩!」

五月「ゆう姉~~、お兄が苛めるよ~~」

ゆうこ「先輩、どうどう!!」


基本はほんわかムードのゆうこちゃんに言われると、本当に気が抜けてしまう。


たださっきからゆうこちゃんの後ろに隠れてベロを出している五月を見ていると、、、コノヤロウ!!おまえ身長が高いんだから、全然隠れられてないんだよ!!

――

――

「それにしても、ゆうこちゃん、久しぶり。綺麗になったね」


漆黒だった長髪はやや茶色がかって軽く後ろで纏められ、メガネを外した彼女のナチュラルメイクは、二十歳をむかえる彼女を可愛いだけではない綺麗な大人の女性に変えていた。


ゆうこ「エヘヘ。先輩にそう言われると嬉しいな…どうです?逃がした魚は大きかったんじゃないですか?」

「ああ!本当だよ、後悔後に立たずだ。それに年賀状みたぞ。何だよさっさと彼氏作っちゃってさ~。」

ゆうこ「エヘヘ~」

五月「……あの!」


もじもじしていた五月が決然とすり寄ってきて


五月「おかしい…おかしいよ二人とも、そんなに仲良いのに…今でも仲良いのに…なんで別れちゃたのよ!!」

すべての音が止まった。


五月「ずっと不思議に思ってた。別れる前も別れた後も、お兄がたったの一言でもゆう姉のことを悪く言ってるのを聞いたことがない。ずっと…ず~っとゆう姉のことを心配している」

「五月……」

ゆうこ「五月ちゃん……」

五月「ゆう姉だってそうだ!一緒にいたころは、夕飯のお買い物に行けば、これは先輩の好きなもの、これは先輩の嫌いなものって、お兄のことばっか。恋人どころか奥さんみたい。この人は本当にお兄が好きなんだ……そう思ってた。そんな…そんな二人がなんで別れるのよ~~~」

「五月…お前、でも……さっさはゆうこちゃんと俺が付き合うのモヤモヤするって」

五月「そうだよ!お兄と一緒だよ!お兄が誰と付き合ったってあたしはモヤモヤするんだよ!だったら…だったら、あたしはゆう姉が良い!いつか、ゆう姉以外の人をお姉さんなんて……言いたくないんだよ~~うわ~ん!!」


ついに号泣してしまった五月。でもな……


「五月…五月、聞いてくれ」

五月「ひっく……ひっく…」

「俺たちは、喧嘩別れした訳じゃない、憎みあって離れた訳じゃない。俺にとって、ゆうこちゃんは、今でも五月やお袋と同じくらい大切な人だよ……俺のまわりで…生きている人の中では」

五月「ひっく……だ、だったら!!」

「五月!!」

五月「ひっ!」

「聞いてくれ……俺たちは…俺たちの関係は!!」

ゆうこ「ストップ!!先輩、どうどう!」


突然、ゆうこちゃんが割り込んできた。


五月「ひっく、ひっく………ゆう姉?」


ゆうこちゃんが優しく五月を抱きしめて、その背中を撫でている。

嗚咽を漏らしていた五月がだんだん落ちついていくのがわかる。

俺には何も…、何も言えなくて。


やがて、五月から少しだけ身体を離したゆうこちゃんが言ったんだ。


ゆうこ「ごめんね、五月ちゃん。この後少しだけ、先輩貸して!!」


ゆうこちゃんのイタズラっぽい笑顔は……とても綺麗だった。

――

――

――

――

「………」

ゆうこ「………」


カチャ


幡ヶ谷駅前の純喫茶に、ビートルズのイエローサブマリンとコーヒーカップの音だけが響く。


ゆうこ「懐かしいな……ここ」

(画像)

https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818093079892561341


ゆうこちゃんの横顔がそろそろの西日を浴びて綺麗に浮かび上がる。

あの頃、何度も一緒に訪れた喫茶店。

でも……


ゆうこ「先輩、どうしたの?」

「ん?君の横顔が綺麗だな、、って」

ゆうこ「見直した?(笑)」

「いや、初めて…気がついたのかもしれない」

ゆうこ「そっか~、でもそう思って貰えるなら、離れたかいがあったかな?」

「………」


イエローサブマリンがイマジンに変わる。


「元気だった?」

ゆうこ「何とかね、先輩は…痩せたね」

「そっか~?自分では分からないな」

ゆうこ「ちゃんと食べないと、先輩はすぐ痩せちゃうから」

「おかんか!」

ゆうこ「九州の方言、ごっつあんです(笑)」


ひとしきり笑ってる間にビートルズのレコードは終わったみたいだ。


「……彼氏とはうまくいってる?」

ゆうこ「それ聞いちゃう?」

「聞くさ…、一番重要」

ゆうこ「別れたよ…、じゃなきゃここには泊まりにこない。分かってたでしょ?」

「いや、、元々彼氏なんかいないんじゃないかって思ってた」


君は、そういう嘘は躊躇無くつける人だから。


ゆうこ「年賀状で写真おくったじゃん」

「あんなの知り合いに頼めば写真なんか撮れる」

ゆうこ「………」

「………」

ゆうこ「…彼氏だよ。抱かれたもん」

「………」

ゆうこ「…だからあの約束はおしまいね」

「あの約束は、途中で何人と付き合っていても関係無い。10年後お互いがフリーなら生きる。その時、俺たちはもう一度付き合うんだ」

ゆうこ「そんな約束…もう止めたほうが良いんだよ」

「駄目だ」

ゆうこ「だったら……だったら、早く彼女作りなよ」

「大きなお世話……っていうか、なんでそんなこと言ってくる」

ゆうこ「平田先輩が教えてくれるんだよ、成井先輩直筆の詳細レポートが来るの(笑)」

「…あの、おせっかいどもめ」

ゆうこ「平田先輩が女の子紹介したのに、先輩断ったんでしょ?」

「…合いそうもなかったから」

ゆうこ「それで性欲溜まって、とうとう実の妹に手を出したのかと、本当にびっくりしたんだから(笑)」

「…勘弁してくれよ、ゆうこちゃんの平手打ちは心に響くんだから」


クスクス笑うゆうこちゃん。再びイエローサブマリンが流れはじめて。

――

――

――

ゆうこ「紛い物、身代わり、レイプ」

「!」

ゆうこ「そんなことを五月ちゃんに話す気だったでしょ!」

「………」

ゆうこ「駄目だよ、それじゃ五月ちゃん傷ついちゃうよ」

―(回想)―

「何をやっているのですか!あなたは!劉ちゃんの告別式にも顔を出さないで…あなたは…あなたは何をやっているの!?劉ちゃんは…劉ちゃんは誰よりも、誰よりもあなたを待っていたのよ!!」

「死体が誰かを待つもんか!あいつは、、秀美は死んだんだ!!」

「先輩の…先輩の大バカ!!うわああ~っ!」


このときだった。俺は唐突に理解したんだ。

秀美が死んでしまったこと、もう二度と会えないことを。今まで涙も出てなかった。でも、もう涙が止まらなくて、この気持ちをダレカニ…モウトマラナイ……

ゆうこ「!!先輩!?…せんぱい!だめ…イヤ!イヤだ!!」

「………くっ!!」

ゆうこ「あっ…あっ…あっ…だめ…だめ…だめ~~っ!!、、あ、あ、痛い!、、痛いよう!!」

「………ごめん」

「………」

「ごめんよ…ゆうこちゃん…俺、最低だ…」


あの日、錯乱した俺はゆうこちゃんを無理やり犯した。俺たちの始まりは…五月になんか絶対にしゃべれないものだったんだ。


ゆうこ「今だけ…」

「え?」

ゆうこ「…今だけ私が劉ちゃんの代わりになります。背丈も器量も足りてませんけど…」

「どうして…どうして!!」

ゆうこ「どうしてなんでしょうね?」

「………」

ゆうこ「劉ちゃんが枕元に立ったんですよ。泣きながら頼んできたんです。『先輩を…助けて!』って」

―(終)―

ゆうこ「先輩は真っ直ぐだけど、先輩の良いところだけど、正直は常に美徳じゃない」

「………」

ゆうこ「だから…五月ちゃんへの話は私に任せて?ちょっとだけ嘘つくけど…許してね」

「ごめん、頼むよ」

ゆうこ「後で寝物語に話すから、ちゃんと口裏合わせてよ?」

「…何だよ、今夜抱かれるの前提?」

ゆうこ「当たり前!先輩絞り取って五月ちゃんに手を出さないようにしないと(笑)」

「なんだよ…それ(笑)」

――

――

BGMがレット・イット・ビーに変わる。

そろそろ夕景も終わりだ。


ゆうこ「…五月ちゃん綺麗になったね」

「ああ、オタク少女だけどな、何と幼馴染みの彼氏がいるんだってよ」

ゆうこ「中学二年生でしょ?私もいたもん」

「あ~そうですか!」

ゆうこ「……先輩…」


ゆうこちゃんの美しい瞳が…俺を真っ直ぐ捉えた。


ゆうこ「先輩…駄目だよ?」

「………」

ゆうこ「先輩は…五月ちゃんを抱いてはいけない」

「近親相姦だからな」

ゆうこ「そうだけど…そうじゃない…本当は分かってるんでしょ?」

「………」

ゆうこ「これ…写真部の友達がネガを送ってくれたんだ。劉ちゃんの写真」

「…懐かしいな、この時はまだ元気だったんだよな」


高校一年生の7月、球技大会で赤組のチアガールをやった秀美。可愛い端正な目鼻立ちはほんの少しのお化粧で一気に美人顔に変わる。そこに写った秀美は絶世の美少女だった。彼女の笑顔を撮ったこの写真は、写真部がコンクールに提出して銀賞になって…そして彼女の遺影になった。


ゆうこ「男の子の初恋相手は母親や姉に似るって良く聞くけど…まさか五月ちゃんがあんなに劉ちゃんに似てくるなんて」

「…ここ最近だよ。俺もびっくりしてる」

ゆうこ「大事なことだからもう一度言うよ?」

「………」

ゆうこ「先輩は絶対に五月ちゃんを抱いてはいけない。先輩が五月ちゃんを抱いたら、多分二人は離れられなくなる。そして五月ちゃんは新たな私になる」

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