第13話 絶望

 目の前には、あの人型コークスが立っていた。


 星燈がコークスを拒んで、チリチリとコークスの表皮を焼いているような音がし、斥力を受けているため、身体が不自然に揺れている。


 しかし、その手にオリヴァーの剣を握り、オリヴァーにより削られた半身は直っていた。復元された黒い体の頭部は、オリヴァーの髪型のように見えた。



 オレは歯を噛み締めた。



(コイツ、オリヴァーさんを捕食したんだ!)


 それがなんだか悔しかった。しかし、それ以上に懸念すべきことがあった。



(瀕死だったにしろ、オリヴァーさん相手に勝ったコークス……。もう星燈はないというのに、どうやって結界に入れば……)



 オレはチラリとミナを見た。顔が恐怖に染まり、トラウマなのだろうカタカタと震えていた。



(なんとかミナだけでも結界に入れられれば……。あの量の星燈だったんだから、結界はとりあえず二三日は保つはず。いや、でも、ミナの身体は衰弱している。オレが死んだら二三日でどうこう出来るか?

 ……やっぱり、その後も考えるならオレも含めて二人で結界に入るのが必要条件か)



 冷や汗が滴り、無理という言葉が脳裏を過る。でも、やるって決めたんだ。オレは首を振って前を向き直した。



(やる!だけど、どうする……)



 そのとき、コークスの剣先が動き、オレたちは身構えた。

 人型コークスが笑う。



「ここハ非常に居心地が悪いですネ。コレはキライです。早く終わりにシマショウ」



 言い終えたコークスが視界から消える。


「ルク——」


 ミナが何かを言い掛ける。


 しかし、言い合えるよりも前に、オレは強い衝撃に襲われた。


 次に見たのは、まるで高速道路に置き去りにされたかのように一気に離れていくミナの姿と、その前に立つ人型コークスの姿。



(なっ?!ミナが離れて——いや、オレが離れているのか!まず——)



 そして、壁に打ち付けられた強い衝撃が背中から全身に伝播する。


 オレは吹き飛ばされて廃墟に背を打ち、うつ伏せに倒れ込んだ。


 生暖かい血が込み上げてきて、口から吹き出した。



 しかし、致命傷ではなかった。


 きっと星の力だったんだろう、コークスが剣先を動かした瞬間思考するよりも速く、オレはミナを固定するシーツを解き、オリヴァーの短剣サクスを構えていた。


 そのため、ミナは無事だし、オレも切られずに済んだ。



 だけど、動けない。四肢が吹き飛んだんじゃないかってくらいめちゃくちゃ痛い。


 視界もぐわんぐわんと歪み、状況が分からない。


 そんな視界の中で、微かに認められたのは、人型コークスがミナに手を伸ばそうとしたところ。


 血が込み上げたせいで咳き込みながら、オレは思考する。



(な……なんとか、なんとかしないと……)



 オレは使い物にならない身体を起きあげようと、腕に力を込める。


 ……しかし、身体は持ち上がらず、ただ微妙に振動しているだけ。


 背骨を打ったせいで、腰から下に力が入らないみたいだった。



(動け、動け、動け!!早くミナを助けないと)



 その時、オレの足を掴む何かが現れた。そして、そのまま空中に持ち上げられた。



(うわっ?!)



 一瞬、オレはそれが人である事を期待した。


 オリヴァーがいうように"星の導き"を得てやってきたスターゲイザーが助けに来たのではないかと。



 しかし、期待は裏切られる。

 二階ほどの高さまで引き上げられ、宙ぶらりんになったのだ。



(一体、なんなんだ?!)



 足元を見たオレの目に映ったのは……


 三階建ての廃墟の屋上から、舌をオレに伸ばしたカエル型コークス。



 ここは星燈の残滓の外。


 オレをぐるりと取り囲むのは、我先に捕食しようとする数多のコークスたちだった。



 走馬灯のように世界がスローモーションで感じられ、飛びかかろうとしてくるコークスに視界は埋め尽くされた。


 オレはこの土壇場で不思議と恐怖はなく、怒っていた。



(ふざけんな!お前らなんか相手にしてる暇ないって言うのに!!どうしてこんなことばかり)



 カエル型コークスの大きな口が近付いてくる。いや、大きな口に引っ張られていく。



 成す術なし、万事窮すか——。



「クソっ……!まだオレには"果たすべき役割"があるっていうのに!!」



 喰われる覚悟をした時、ベイカーが青白く発光した——。

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