第12話 疾走

 ミナは驚くほどに軽かった。


 オリヴァーと別れる時に、彼女を背負ってそう感じた。


 そこになんとなく大変な生活を送ってきたことを予感して、彼女と話した時に強がる彼女に胸が熱くなる思いがした。


 大変だったなら甘えればいい。

 君はそんな身体になるまで、ずっと苦しい生活だったんでしょう?

 だったら、言うべきことはそんな他人を慮る言葉じゃない。


 オレは理不尽に彼女を苦しめたあらゆるものに怒り、身体が震えた。


 そして、思ったんだ。オリヴァーに言われたからじゃない。自分自身の心からの思い。



 彼女を守らないと、と——。



 それからは自分でも思いもよらない沢山の言葉がこぼれ出した。彼女の心に少しでもいいからこの手が届けばいいと願っていた。

 そして——。



「——助けてルクス」


 その一言を言ってくれた。オレはその一言だけで、あらゆる困難を乗り越えられる。そんな気がした。


 実際に彼女の言葉は、絶望していたオレに一つの作戦をもたらした。


 一か八か、ではある。だけど、やらねば死ぬだけだし、何より何故かミナとなら出来る気がしたのだ。



 オレは、ベイカーの銃口をある地点に向けてトリガーを引いた。その先にあるのは、例のオレが機械弄りをしている工場。



 トリガーを引いた瞬間に、体を吹き飛ばされそうになるほどの強い衝撃と嵐のような風が巻き起こり、オリヴァーが込めてくれた星燈が青い流星のような弾丸に変化して、ベイカーから高速で放出された。


 オレは「こんなに沢山の星燈が込められていたのか!」と驚くと同時に、星燈術を初めて使えたことに歓喜して、喜びのあまり震えた。そして、思わず呟いた。



「ねぇ、アンデルセン。この光が届いている?」


 流れ星は地上を駆けていき、射線上のコークス達を打ち消していく。その姿はこの世界に灯る希望の光に見えた。


 星に還ったアンデルセンにも届いて欲しい。きっと今まで心配していたはずだから。

 


 新幹線のように高速な流星の弾丸が工場に着弾すると、工場が一際大きく輝いた。


 そして、工場を包むようにボコボコといくつもの大きな泡状の水色の結界が展開された。


 工場に溜め込んだ数多の"魔除け"を刻んだ部材が星燈を得て、術が発動したのだ。


 同時に射線上の建物にも魔除けの光が灯る。修理の際に魔除けを刻んだ時計などが反応したのだ。星燈は物を破壊しない。


 オレは思いもよらずこの七年の自分の歴史を感じ、無為に思えた日々に意味が与えられたような少し嬉しくなった。

 


「さぁ、行くよ!ちゃんと掴まっててよ!」


 オレがミナにそう言うとミナは身体をオレに預けてくれた。

 オレは急いで階段を駆け降りて、コークスの居なくなった射線を走った。


 普通の星燈ならすぐに消えてしまうが、射線にはまだ星燈が留まり、それを恐れてコークス達は近付けずにいた。



 何故か。


 それは、アルデルセンのベイカーの特殊な仕様によるもので、彼自身の性格と体質に由来した。


 アンデルセンは星燈の量が人より少なく、人並みに術を使うためには星燈を貯蔵しておくバッテリーのようなものが必要であった。


 そのため、アンデルセンのベイカーには星燈を貯蔵し、消えにくい性質に変える術が施されていた。


 簡単にいえばアンデルセンの性格同様、星燈が"粘着質"になり、この世界に残留する時間を長くする。



 そのおかげで、星燈は未だに青白い煙のように漂っていた。


 そんな星燈が作り出した一本道をオレは駆け抜ける。


 コークスの赤い目が、星空の如く、星燈の青白い煙の向こうに輝いている。今は星燈により消滅してしまうため近寄れないが、星燈が薄まればすぐにでも襲い掛かるつもりなのだろう。


 星燈の道は刻一刻と狭まりつつある。なんとしても走り抜けなくては。


 オレは今までにないほどの全力疾走をした。


 人を担いでの全力疾走とはなんときついのか。

 それほど進まないのに、息だけ上がり、足がパンパンになる。


 普段意識的に運動をしていてもこれか。


 酸欠で視界が揺れて、頭がどうにしかしてしまいそうになる。


 それでも、星燈が消える前に工場に辿り着かないと。



 オレは一心不乱に走り続けた。

 背中のミナが心配そうに何かを問い掛けてきていたが、なんと言っているかも分からなかった。


 走り、走り、走り……そして、やっと……。



 目の前に工場が見えた。あと、十数メートルで結界に入れる。


 しかし、そのとき——。




「残念でしたネ。ここまでデス。こレ以上は行かせられませんネ」



 オレは顔を上げて、息を呑んだ。


 工場の結界の手前に、オリヴァーの剣を持った例の人型コークスが立っていた。

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