第10話 騎士の役目

「さて、最後の一仕事と行くか……。おい、そこにいるんだろう?出てこい」



 オリヴァーが呼び掛けると廊下を挟んだ反対側の扉が開き、黒い人影が出てきた。



「気付いテいましたか。人間とハなかナか感覚の優れた生き物ですネ」



 それは人の形をしたコークスだった。赤い瞳に、黒い体。しかし、右半身がオリヴァーに切り落とされたせいで欠けている。


 オリヴァーは血の気の無い顔で自慢気に鼻で笑いながらコークスの問いを正した。



「ふっ。所詮コークスか。洞察力に欠ける。『人間とは』じゃない。『オレ』が優れているだけだ」



 コークスは首を傾げた。オレは驚きながらオリヴァーに尋ねた。



「なっ、なんですコイツ?!人型……見たことないですよ、そんなの!」

「コイツがオレに致命傷を負わせた張本人。知恵があり、ボス猿なのか知らんが他のコークスはコイツの言いなりらしく、その子が幽閉されていたのも、コイツのせいだ」

「そんな……。そんなことってあるんですか?」

「どんなカラクリがあるかは知らん。いいか、ルクス。オレが3を数えたら一目散にその廊下を左に逃げて、当初の予定通りとしろ。オレはコイツの相手をする」

「でも……」

「いいから言うことを聞け馬鹿者。いくぞ、1、2、3!!〈星燈の顕現オン・アステル〉!!」


 星燈を纏ったオリヴァーが人型コークスに突っ込み、向かいの部屋まで押し出す。部屋では粉塵をあげながら戦闘が始まった。その間にオレは戸惑いながらも、言われた通りに逃げることにした。


 (その子を連れて逃げろと言われた。それはきっとオレが居てもこのコークスには勝てないってことなんだろう。オレは力不足だから)



 力不足を噛み締めるオレの背に、オリヴァーの最後の激励が届いた。



「いいか、小僧!その子は唯一生き残った"月の民"だ!いいか、絶対にコークスに渡すな!死ぬ気で守れ、死んでも守れよ、ルクス!!頼んだぞ!」


 その一言の後、オリヴァーと人型コークスは壁をぶち破って外に出た。

 オレはそれらの言葉を噛み締めて、オリヴァーに大声で一言だけ返した。



「任せてくださぁぁぁい!」


 自信など僅かもない。完全な大言壮語である。それでも、あの親しくなった老剣士に向けてそう言いたいと思った。


 アンデルセンには返してやれなかった、その言葉を。



 オリヴァーが作ってくれた時間を無駄にしないため、全速力で廊下を走り抜け、非常階段の戸を開いた。


 しかし、オレの前に広がった景色は、絶望的なものだった。



 さっきまで居なかったはずの沢山のコークスがこの建物を取り囲み、見たことのない鳥型コークスが上空を舞い、鯨ほどある大型コークスまでもが地表に集っていた。



 逃げ道がない。



 そして、建物は急激な揺れに襲われた。大型コークスが建物に突進して破壊を始めた。



(どうする!オリヴァーさんはベイカーに込めた星燈を『五発程度』と言っていた。

 取り囲むコークスの数はとてもじゃないが処理できる量じゃない。そもそも、どれくらいの威力かも分かったもんじゃないんだ。

 コークスに効くのか?

 なら、隠れて朝を待つか?いや、このホテルが大型コークスの攻撃を受けたまま、朝を迎えられる気がしない。

 どうする?どうすれば——……)



 焦り、息を飲んだオレの背中で、身悶えがあった。



 お姫様が遂に目を覚ます——。

 そして、この絶体絶命な状況からオレたちの物語は始まるのだった。

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