第9話 ルクスと老剣士の別れ
オリヴァーは壁から身体を起こして胡座を組み、オレに向かって微笑んだ。
「ルクス……オレは今日死ぬことがなんとなく分かっていた。
しかし、そこに悲しみはなかった。世界一のオレの後を継ぐものが現れることを知っていたからだ。時代はうつろう。それはどんな世でも変わらぬ、普遍的法則。
だから、オレは今日ずっとオレの代わりとなる"騎士"を待っていた。世を変える力を持つ"王"はそこに眠っている。しかし、彼女にはこの暴力的な世を生き抜く力はない。だからこそ、"騎士"が必要だったのだ。
"成り損ない"にはちと荷が重いだろうが、お前はここに来た。オレの後は任せる。お前は命を賭けてこの子を守れ」
オレは言葉に詰まった。よく見れば、オリヴァーの顔は血の気を失っていた。もうすぐ時間なのだろう。しかし、成り損ないのオレにこの子を護る力などないのではないか。
オレはベッドに横たわる女性を見遣った。黄金色の髪に白い肌。その人はオレと同じくらいの年齢に見えるが、どこか吸い込まれるような美しさを持っていた。
この子は一体何者なんだろうか。
オリヴァーはオレのそんな不安を読み取って、オレに手招きして、正面に座らせた。
「いいか、ルクス。お前は星に導かれたのだろう?ならば、大丈夫。お前は選ばれた。
オレはスターゲイザーとしては自他共に認める世界一だ。しかし、それは武力においての話さ。オレはそうは思っていないが、お前の感性からすれば、オレは協調性がなく、お前のような慈愛の心も持ち合わせてはいないのだろう。
星の意図は分からないが、そんな武力のオレではなく、お前が選ばれたのだ。なんとかなるさ」
そう言われても、不安しかない。何しろオレは成り損ないなのだから。
だけど、それでもオレは笑ってみせた。
「分かりましたよ、やります。でも、頼みたいと言った割に、『任せる』だとか『選ばれた』とか一方的でしたね。直した方がいいですよ、そう言う高圧的なところ」
「ふっ、黙れ。イングリッシュは世界で一番優れた民族だ。これで良いんだよ。おい、ルクス。ベイカーを貸せ」
「えっ?あっ、はい」
背負っていたベイカーをオリヴァーに渡すと、オリヴァーはベイカーに星燈を集中させた。そして、オレにベイカーを返した。
「五発分くらいか。星燈を込めておいた。多少の心得があるお前なら撃つくらいはできるだろう。
ふっ、しかし、まさかあの堅物クレイグのライフルにオレの星燈を込めることになるとはな。世の中何があるか分からんものだ」
「ありがとうございます。でも、せめて天国では仲良くしてくださいよ。アンデルセンはオレの師匠なんですから」
「そうだな。あっちに行ったら一杯誘ってみるとしよう」
「喧嘩はなしですよ。アンデルセンは負けた後ずっと根に持つんですから」
「あぁ、そうだな。ふぅー……」
オリヴァーが何かを悟ったように視線を外してから、オレの頭を引き寄せて額を突き合わせた。
そして、静かに言った。
「そろそろ刻が来たようだ……。
ルクス、おれはここに残る。だから、お前がその子を連れて行け。色々疑問はあろうが、起きたらその子がおしえてくれるだろう。今はとにかく命懸けで西を目指せ」
「分かりました。じゃあ、オリヴァーさんもまたいつか会いましょう。もしかしたら、直ぐかもしれませんが」
「ふっ、縁起でもない事言うな馬鹿タレ。アイルランドにはゴールドティア(世界三大星空)の一つがある。いつかオレが恋しくなりイングランドに来たなら、寄ってみるといい。アイルランドは天気が悪くて好かないが」
「分かりました。恋しくなることはないでしょうけど、いつかもう一度イングランドに行ってみます」
「あぁ……。そうだ、これも持ってけ」
オリヴァーはオレに大きなナイフといった具合の鞘に入った短剣を投げた。
「それはサクスという。長物は素人には難しいが、短剣なら振るのに力が要らず振りやすい。それにオリヴァーの短剣だと言えば、顔をきかせてくれる者もいるだろう」
オレは短刀をぎゅっと握り締めて、オリヴァーに礼を言った。
「ありがとうございます。最近雑草が酷かったんで草刈りに使います」
「殺すぞ」
「ふふっ、冗談ですよ。高そうな物なのにありがとうございます」
それに対してオリヴァーが言う。
「なに、構わん。オレにはもう用無しだ。ただし、世界最強の男の最期を語ることを忘れるな。それが対価だ。最強の男の最後の伝説は『数千にも及ぶ黒い魔物の群れを倒した男』。これをもって他に代え難い」
「分かりました。なんとか生き抜いて伝え歩いてみます」
「あぁ……。荷物は重いが、お前ならきっと送り届けられる。そんな気がする。スターゲイザーの予感だ」
「分かりました」
オレは頷く。そして、彼女をおぶってから、ベッドシーツで身体を固定した。それから急に思い出して聞いた。
「そうだった!あの、最後に一つだけ」
「なんだ?」
「星燈術の"コツ"ってなんですか?」
オリヴァーは笑った。
「気合いだよ」
「ははは。まともな回答が来る気はしてませんでしたが、やっぱり参考になりませんね」
オリヴァーも笑う。そして、オリヴァーはゆっくりと立ち上がり、長年苦楽を共にしてきた愛剣を抜いた。
「さて、最後の一仕事と行くか……。おい、そこにいるんだろう?出てこい」
すると、向かいの部屋の扉がギイッと音を立てて開いた。オレはその姿を見て息を呑んだ。
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