第8話 犬猿の仲《キャッツ・アンド・ドッグス》
オレたちは沿線上のホテルの一室に隠れた。ここはオレがいざというときのために、少し食糧も隠している第二拠点だ。
オレは窓から頭を少しだけ出して、ホテルに面する大通りに追手のコークスがいないことを確認する。大丈夫、何も居ない。
それから壁にもたれて地べたに座るオリヴァーに呼吸を整えながら語り掛けた。
「はぁはぁ……。今のところ、大丈夫みたいです。あのコークスの群れは近くにはいません。ここで少し休みましょう。
一旦休んだら、非常階段から高架線に飛び移り、線路上を歩きます。それならコークスに見つからずに移動できると思います。
あの……急かすようで悪いんですけど、星燈術でその怪我を治すのにどれくらいかかりますか?オレ、星燈術使えないから分からなくて……」
オレがバツの悪さを感じながら頬を掻くと、オリヴァーは鼻で笑って答えた。
「治らんよ」
「えっ?」
オリヴァーが胸の外套を開いて、胸の傷を見せてくれた。
「致命傷だ。これでも治癒をかけ続けている。だから、生きて見えるが本来はもう死んでいるのだ。星燈が尽きた時、オレは完全に死ぬ」
「そんな……」
会ったばかりなのに、何故か親戚のガン告知を聞いたようにオレはとても残念に思えた。オリヴァーが微笑んだ。
「ふっ、何故そんな顔をする。オレは世界一として名を馳せ、今回もこの子を救出するという誰にも出来ない事を成した。後悔は無い。誉れある死だ。
ところで、お前は"成り損ない"と言っていたが、星燈術はどの程度までできるのだ?」
「全くです」
「まったく?」
「全く出来ないってことです。ちょっとした成り行きで、スターゲイザーに出会ったんですが、星燈術を習い始めて半年でその人は死んでしまって……」
「ほぅ……」
オリヴァーは少し疑問に思った。
(星の素質がない人間はそもそもスターゲイザーに会うこと——正しくは認識することがない。オレのことも認識できた此奴には十二分の素質がある。
しかし、半年もあればいくら素質の低い人間でも大抵は一つ二つ術は使えるようになるのだ。半年も指導を受けて、術が使えないのは何故だ……?)
「して、お前の師の名はなんという」
「スコットランドのアンデルセンです。クレイグ・クリストファー・アンデルセン」
「アンデルセン……?あぁ、あの堅物クレイグか!はははは!そうか、奴の弟子か!すると、その"ベイカーライフル"も奴のお下がりか!道理で見覚えがあるはずだ!はははは」
「アンデルセンを知ってるんですか?!オリヴァーさんのイントネーションがイングランドっぽいからもしかしてとは思ってましたが」
「くくく。あぁ、知ってるとも。オレはイングランド出身で奴はスコットランド。奴とは遺伝子レベルで、反りが合わなくてな。"キャッツ・アンド・ドッグス(犬猿の仲)"というやつで、協会に召集される時も絶対に顔を合わせないようにしておったわ!」
「あぁー……分かる気がします。似た物同士って感じしますもんね。言いづらかったんですけど、オリヴァーさん仲間居ないんですよね?居たらこんなことにならなかったと思いますし」
「馬鹿もん!奴と同じ訳があるか!
それにな、仲間が居ないわけではない。雑魚ばかりでオレに着いてこられるものがいないから、敢えて声を掛けていないのだ。足手纏いになるからな。そもそも、真の実力者なら星の導きを得て、自然とここに集っていたはずだ。集わないということはその実力がないということの何よりもの証明だろう」
「そういうところが似た物同士なんですよ」
「おい。お前、オレと会ったのは今日が初めてだよな?まだ毛も生え揃わないガキの癖に失礼な奴め」
「毛は生え揃ってますよ。ふさふさです。ふふ、でもよくアンデルセンにも言われましたよ、『生意気なガキ』って」
「奴と似てるように言うな。まったく、オレは誇り高きイングリッシュだぞ?スコティッシュと同列にされては敵わん」
「あははは」
オレが笑うと、オリヴァーもつられて笑った。それからオリヴァーは遠い目をして、過去を思い出して微笑んだ。
そして、オリヴァーは改まってオレに優しい目を向けた。
「なぁ、ルクスと言ったか、お前に一つ頼みたいことがある」
オレの頭には、ベイカーの世話を頼まれた時のアンデルセンの顔が過った。オレは内心緊張したが、それを隠すように微笑みで返した。
「なんですか?最後の晩餐を頼まれても干し肉くらいしかやれませんよ?」
「ふっ、生意気な小僧め。老人の最期の頼みくらい真面目に聞け」
遂に……アンデルセンと同じ匂いのするこの老剣士との時間は、終わりを迎えようとしていた。
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