第7話 邂逅

 コークスの群れが眼前に迫る。オリヴァーは満身創痍の身体をして、無理矢理立ち上がった。



「ふっ。まだ……死なせてはくれないか……」


 オリヴァーは苦笑いを浮かべてひとりごちた。


 この胸に抱く彼女を引き継ぐまで、死ぬ訳にはいかない。彼女こそ、この世界の希望。


 限界を超えた身体を無理に星燈術で強化して動かして、剣を構えた。


 連戦の影響で身体が発する青白い星燈の量も減っている。先程の突進のせいで腕に力が入らず、剣先が震えていた。

 


 コークスの群れが二十メートルまで迫る。それでもやるしかない、そうオリヴァーが覚悟を決めたそのとき……。




 ——オリヴァーの目に一筋の光が差した。




 それは夜空を駆ける、一際大きな蒼の流星。


 かつてアンデルセンが目にしたものと同じだった。



 オリヴァーが目を見開く。同時に、オリヴァーの近くを強い光を放つ何かが横切った。



 ランタン型のライトを乗せた、ピザの模様の描かれた無人の電動三輪スクーターだった。

 それがオリヴァーの居る大通りの丁字路を通り過ぎていき、コークス達の注目を引き、コークスたちはオリヴァーではなく、スクーターを追い始めた。



 オリヴァーが怪訝そうに眉をひそめたとき、その背をガードレール越しに若い男の声が打った。



「今のうちです!」



 オリヴァーが振り返るよりも早く、誰かがガードレールを飛び越えて、オリヴァーを支えるように肩を組んだ。


 オリヴァーを支え、歩き出した若い男がオリヴァーに問い掛ける。



「少しだけ頑張ってください。一旦隠れましょう。あれはハンドルを固定しているだけなので、いずれ何かにぶつかり止まります」



 オリヴァーは助けてくれた若者の顔に見覚えがあった。


 夕方に見た若者じゃないか。何故こんな辺鄙なところにいるのだと思った事を覚えている。


 そして、オリヴァーは気付いた。


 夕方。あのとき、どうしてこの青年はオレから隠れたのだ……?


 オレは剣を携える関係上、"認識阻害の術"を常に発動し、擬態した昆虫の如くオレを認識できないはずなのだ。


 世界一のスターゲイザーであるこのオレの星燈術は並のスターゲイザーでも破れはしない。それをこの青年は破ったというのか。

 

 オリヴァーは尋ねた。



「君は一体……」



 思った以上に人を支えながら歩くのは大変なのだろう、青年が必死なのを隠して下手な愛想笑い浮かべる。



「僕ですか?僕は清野ルクス。スターゲイザー……」



 オリヴァーはそれを聞いて納得した。


(やはりスターゲイザーか。それならオレの術を破ったのも納得できる。しかし、世界一のオレの術を破るなど並のスターゲイザーではない。ジャパンに若いそんな手練れがいるという話は聞いたことがなかったが、日本の協会により秘匿されていたのか?)



 オリヴァーが訝しむ一方、そんなこととは露知らないルクスが恥ずかしそうにそれに付け加えた。




「……の成り損ないです」



 オリヴァーは、予想外の回答に思わず笑った。"成り損ない"などこの長いスターゲイザー人生の中で聞いたこともない。スターゲイザーを志したなら、短い期間であっても大抵は術を使えるようになり、スターゲイザーを名乗る。


 どうせ術の一つや二つは使えるのだろうが、自分を成り損ないと表現するのはどういう了見なのか。普通の感覚ではないのだろう。


 しかし、まさか死に際にそんな変な奴に出会うとは。


 そして、そんな変な奴が自分の代わりに彼女の"騎士"としてやってくるとは。人生というのは本当に面白い。


 笑うオリヴァーにルクスが恥ずかしそうに少し怒りながら言った。



「なぜ笑うんですか!と、に、か、く!今は逃げましょう!さぁ、乗って」



 ルクスはオリヴァー達を自転車の荷台に乗せて、いつもより重いペダルを漕ぎ出した。

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