第4話 アンデルセンからの頼み

 まだ幼い僕は、アンデルセンが探し物があるというので、少しの間店番をすることになった。


 と言っても、お客さんはほとんど来ない。スターゲイザー以外お断りなのでね。


 カウンターで僕は目の前の分解途中の時計を眺めて、「機械ってこうなっているんだ」と感心していた。


 すると、奥から「あった、あった」と嬉しそうなアンデルセンの声。


 埃まみれの古い本をクローゼットから引っ張り出してきたアンデルセンが嬉しそうに奥の部屋から出てくる。


 ふーっと息で本の埃を払い、アンデルセンはむせた。


 それからその本を僕の前に置いた。革表紙にはDiaryの文字。



「ほら見ろルクス。これはかつて若き日のオレがスターゲイザーとして必要な知識や術をメモした物だ。ははは、懐かしいな。見ろ、イカと戦ったときの絵が描いてある。あははは、傑作だな」

「ふふふ、それクラーケンっていうんじゃないの?それにこのアンデルセン美化しすぎでしょ。こんなかっこよくないよ!」

「ばかやろう!当時はカッコよかったんだよ!」


 そうしてしばらくアンデルセンの手記を見て雑談をしていたときに、ふとアンデルセンは言った。



「そうだ、ルクス。ちょっといいか?今見た通り、これにはオレのスターゲイザーに関する全ての知識が記してある」

「うん。まぁ、まだ僕にはちんぷんかんだったけど」

「いずれ分かるようになるさ。なぁ、一つ取引をしないか?」

「取引?……子供相手に?」

「……ったく、そう言われると言いづらいだろうが、生意気坊主。一つ頼みてぇことがあるんだよ」



 そう言ってアンデルセンはバツが悪そうに頭を掻いた。そして、仕切り直して僕に言った。



「オレが死んじまったときはこれをやる。代わりに"ベイカー"をジャパンに持って帰ってくれねぇか?これに"ベイカー"の手入れの方法は書いておくから」



 突然のことに僕はびっくりして、おどけて見せた。



「なーんだ、取引だっていうから身構えちゃったよ。それじゃあ、取引は不成立じゃないか。ゴブリンは長生きだって聞いたことある。きっとアンデルセンが死ぬ頃には僕の方が墓の中だよ」

「何言ってんだ馬鹿野郎。ゴブリンじゃねぇって言ってんだろ、生意気坊主め。まっ、とにかく頼んだぜ。いつになるかはわからねぇが、この"ベイカー"は気難しくて寂しがり屋だから、お前くらいしか任せられる奴がいねぇのさ」

「アンデルセン友達いないもんね」

「うるせぇ!とにかくよろしくな。コイツもきっとお前に力を貸してくれるはずだ。いつか"果たすべき役割"が来たときに、な」



 そのときのアンデルセンの目が揺るぎなかったことを覚えている。


 もうアンデルセンは自分の死を予感していたのだろう。


 海原のように青い瞳に真っ直ぐ見つめられ、子供ながらにオレはその目に「冗談ではないんだ」ということを感じ取り、その事実を受け止めきれずに目を逸らしたことを覚えている。



 こうしてオレはアンデルセンのスターゲイザーの知識を記した手帳と、ベイカーを遺品として授受することになった。


 "ムーンズ・ティア"がなければきっと活かされることもない唯の無用の長物だったかもしれないが、今となってはこれをくれたアンデルセンに感謝している。

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