第5話 異変を察知するルクス

 老齢の剣士と出会った日の夜。


 不思議な夢を見た。

 オレの目の前には、時計塔の裏側のように沢山の大きな歯車が並んでいた。


 しかし、全て上手く回っておらず、オレは直感的に「パズルのように嵌め替えないといけない」と悟り、梯子や大きなスパナを使って付け替え作業に取り掛かる。


 作業中もエネルギーを伝えられない歯車は今にも壊れそうな不穏な軋み音を立てていて、「はやく直さないと」とオレの焦燥感を掻き立てる。


 だけど、何度やってもうまくいかず、焦りが頂点に達したとき、歯車は全て壊れてしまい、バラバラと金属片になって落ちてしまった。



 そして、オレはビルの屋上でひどい頭痛に襲われて、目を覚ました。


 頭をキリで刺されたかのような痛みが走り、頭の中に鉄を打つ鍛刀場百個に囲まれたかのような金属音が鳴り響く。



「な……なんだ、これ……。だ、ダメだ頭が痛い」



 前もアンデルセンがいう"星の疼き"——頭に星の声が響き、虫の知らせのように何か重大な運命を知らせること——そういうものは昔も何度か有った。


 しかし、今回のそれは何か桁が違うような、そんな強い痛みと声だった。



 オレはよろけながらテントを出た。頭上で星が一つ煌めいた。



「一体何が起こっているんだ……」



 今までとは違う、何か大きな出来事が起きている。それは分かる。しかし、星は一体オレに何を示し、どうして欲しいのかが全く分からない。


 スターゲイザーとしての能力が足りないのだ。


 頭を押さえながら、近くのパイプに寄り掛かりヨタヨタと歩く。


 とにかくいざという時に動けるように、ベイカーのストラップを肩に掛けて、アンデルセンの手記を胸ポケットにしまった。



「はぁ……はぁ……」



うずくまり、目を瞑る。


 初めての感覚に襲われた。視界が鳥のように夜空を飛んでいき、遠く離れたところで、あの老剣士が何かを背負い、何百にのぼるであろうコークスの大群に襲われているを映した。


 

 オレはハッと顔を上げた。気付けば、頭痛も鳴り続けていた騒音も消えていた。


 代わりに、胸の中にあの老剣士に会わないといけないという確信が生まれていた。



 (さっき見えた、剣を振るう老齢の男の背景の夜空は、今よりもまだ明るいような気がする。

 もしかしたら、あれは過去の映像で、今はもう死んでしまっているかもしれない……。いや、そんなことを考えるのはよそう。

 とりあえず、行ってみないと)



 そう思った矢先、ドォンとビルが崩壊する音が届き、数キロ先で粉塵が上がっているのが見えた。



 あの老剣士に違いないと悟り、オレはビルを駆け降りた。



 

 後にして思えば、あの崩壊音がきっと鬨の声だったのだろう。オレは遂に"夜空を巡る騒乱"の渦中に足を踏み入れたのだ。


 それがオレから命を奪う事になるとも知らずに——。

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