第3話 ルクスの願いと老剣士
「——〈
それはスターゲイザーが星燈術を発動するための最初の儀式——星への
アンデルセンは、これを唱えると空色の燐光を発した。アンデルセン曰く、その光こそ、星燈がこの世界にエネルギーとして召喚された姿なのだという。
太陽がてっぺんに達する頃、オレは住処とするビルの屋上でそれを唱えた。これが毎日のルーティンとなっている。
しかし、アンデルセンのように星燈は発露しなかった。
身体の中で何か大きな蛇がのたうち回るような感じと苦しさはあるが、何も起こらない。
「ふぅ……。やっぱりダメか」
"ムーンズ・ティア"の後も毎日唱えてみてはいるが、一向に星燈術が使えそうな気配はなかった。
今日は昼間に起きていた。
今日は探索をせずに機械弄りをする日で、機械弄りをするには明るさが必要なためだ。
しかし、夜に慣れて久しいこの目には昼間の日光は些か眩しく、サングラスか色付きゴーグルが必須。
オレはバイク用の色付きゴーグルに作業着姿で、作業場としている工場に向かった。
そこは
最近の密閉型の人工照明に頼った工場とは違い、自然光がほどよく入ってくる。
オレは早速作業机に向かい、直しかけの懐中時計に手を付けた。
これは街中の死体が大事そうに抱えていたもので、機械式のスイス産の一九八二年製。
動いていなかった。
だけど、彼女のその時計を大切に思う想いを汲んで、直してからあげることにした。
オレは分解・掃除・組直しの作業の中で、時計と主人の平穏を祈って、歯車の一つに、アンデルセンの手記から"魔避け"の効果がある模様を書き込んだ。
コークスに効くのか分からないし、そもそも星燈術は使えないから、気休めでしかない。
ただそれでも、なるべく長く穏やかに二人で過ごさせてやりたい。そう思った。
オレが機械弄りをできる日は多くない。探索をしていないと食糧事情が苦しくなってしまうからだ。
それに機械弄りといっても、コミューンに提供するため部品をバラす作業やコミューンの物を直す作業もあり、義務的なことが多い。
そんな日々の中でも、誰かの幸せを願いながらの作業は悪くない。気分の乗りが違って思えた。
いつか星燈術が使えるようになったら……いや、いつかスターゲイザーに会えたなら、お願いしたいこともある。
オレはチラリと背後に積み重なる管や部品の集まりを見る。
管には魔除けの術を刻んである。
それらをいくつも繋げて、星燈を流し込み、ポンプでそれを循環させ、術を永続的に発動させる機械を作りたいのだ。
そうしたら、もうコークスに襲われて死ぬ人もでない。
夢物語ではあるが、それがオレのこのささやかな日々の目的となっていた。
夕闇が訪れる頃、オレは帰路に着いた。コークスが出てくる前には帰らなくてはならない。
時差ボケのようにぼんやりする頭のままトボトボと街中を歩いていた時、ふと線路の向こうの通りに人影を捉えてオレは咄嗟に隠れた。
藍色の薄汚れた外套に剣を携えた一人の老齢の男だった。こちらに気付いているようではあったが、一度視線を寄越しただけで彼はそのまま歩き続けた。
只者ではない。直感的にそれが分かるほど張り詰めた空気を放っていた。
何にせよ、無視してくれて良かった。戦うことになったのなら、逃げることもできずに殺されたに違いない。背中にびっしょりとかいた冷や汗がそれを知らしめていた。
しかし、何故こんなところにあのような人が居るのか。旅をして来たような服の汚れというか風化具合ではあったが……。
まぁ、いいや。今は関係ない。久しぶりに人と話したい気もしたけど、とてもじゃないが話してくれる感じじゃないよな。
兎に角今は早く帰らないと。
オレはその老齢の男から離れるように迂回路を通っていつものビルに帰った。
気のせいだろうが、去り際に老齢の剣士から花弁のように一片の空色の燐光が飛んだ気がした。
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