第5話 後悔


「おーい。倭大丈夫かー?」



その声に反応するようにふと我に帰る。



「え?」



だが、気付いたときにはすでに画面先の自分は倒されていた。



「あ。」



「あーあ。また死んじゃってるよ。誠どうする?一回リス地戻ろうか?」



「いや、このまま圧されるとまずいから、りんりんは一旦そこで防衛してて」



「わかったー!」



今日で撃破されるのは何度目だろうか。

何回も同じリスタート地点からやり直している。



「倭、お前本当に大丈夫か?」



問題ない…いや、自分が大丈夫でないことを事を認めたくないだけなのかもしれない。



「ちょっと今日は調子が悪いかもな。」



「そんな時もあるさ!今は俺達とゲーム楽しもうぜ。くよくよ考えたって何も変わんねぇしよ!それに全然倭らしくねぇぞ。」



「誠の言う通りだよ!今はさ私たちと一緒に楽しもう?」



二人から俺を気遣うような言葉をかけられるも、俺の頭には届いてこなかった。もう何も考えられない状態だ。



俺はこの一週間あいつとゲームをしていない。





*  *  *  *





「しばらくは一緒にゲーム出来ない。」



唐突に彼女が発した言葉で無意識にコントローラーを動かす指が止まる。俺は彼女の言葉を理解できないまま画面を眺め続けることしか出来なかった。



「ちょっと。そっちに敵向かってるよ!」



「あ、あぁ…ごめん。」



彼女の声で意識を取り戻し、再びコントローラーを動かし始める。



「しばらく出来ないって…何かあったのか?」



「ん?あー…ちょっとこれから忙しくなるから、一緒にゲーム出来ないかもしれないってこと。て言っても数日くらいだと思うけどね。」



自分の心臓の鼓動が速くなっているのを感じる。

この拍動の原因は分からないが、自分が今激しい不安に陥っていることだけは理解できた。だが、彼女は軽いノリでそんなことを言ってきたので俺はますます分からなくなってしまった。



一緒にゲームが出来ない。その言葉が先程から俺の頭の中で反芻している。今はただ、画面を眺めることしか出来なかった。



「…っと。ちょっと聞いてる!?ねぇってば!」



彼女の声で再び意識を取り戻す。どうやらまた意識が飛んでいたみたいだ。



「さっきからボーッとしてるけど大丈夫?何か悪いものでも食べた?」



「いや、大丈夫。少し考え事をしていただけだ。」



「そ。なら良かった。急に立ち止まったり、変な方見てたりしたから頭でもおかしくなっちゃったんじゃないかって心配してたんだよ?あ、おかしいのはデフォルトだったね。」



「おい。背後には気を付けろよ。いつこのショットガンがお前に当たるか分からないからな。」



「別に気をつけなくたって今のあんたごときナイフ一本で十分よ!」



ッ!こいつさっきからペラペラとこっちの気も知らずに好き放題言いやがって。



倭は言い返そうとしたが、今が試合中であることを思い出し、開きかけた口を噤む。



「あれれれー?何も言い返せないの~。」



彼女の煽りを無視して俺は試合に戻る。



「それでさっき俺を呼んでたみたいだけど何かあったのか?」



「ちょ、ちょっと何無視してんのよ!何かしら反論しなさいよ!」



「別に今すべきことじゃないだろ。それにそろそろマップの範囲も狭まる。敵部隊との遭遇率も高くなるからこっからは一層気を引き締めろよ。」



「あ、あんたに言われなくても分かってるっての!」



すると彼女は早く来いと言わんばかりに俺の前に現れると、先導するように走り出した。



「ほら、さっさと行くわよ!他の敵さん達より先にいい場所取っとかないとでしょ。早く来て頂戴。」



「はぁ。」



俺は軽く一つため息をつくと彼女の後を追うように走り出した。



「それと、さっき呼んだ理由だけど…その…」



「どうした?声が小さくて聞こえにくいぞ」



「………回復…なくなっちゃった。」



俺はアイテムメニューを開いて回復の数を確認する。残りの回復剤は20と表示されている。二人で使うには十分な量だ。俺はそれを確認すると回復剤を一個地面に置いた。



「あ、これいいの?貰ってくね。」



そして彼女が回復剤に手を伸ばした瞬間素早くそれを回収する。



「ちょっとあたし取れなかったんですけど。」



彼女はそう言いながらこちらに近づいてくる。俺はもう一度彼女の下に回復剤を置く。



「もう、さっさとしてちょうだ…」



俺はさっきと同じく彼女が取ろうとした瞬間に回収する。



「ちょっといじわるしないでよ…」



俺は何も言わずに再び回復剤を投げると今度はそれが地面に接地する前に回収する。彼女も学習したのか、俺が投げたのを見計らって何としても手に入れるためにキーボードを激しく叩く音がヘッドフォンから聞こえてきた。しかし、彼女が手にすることなく回復剤は俺の下に戻ってきた。



「さっきから何がしたいのよ!急がないと他の部隊に遅れとっちゃうよ!?」



俺は彼女がまだ何も分かっていないので教えてあげることにした。



「何か言うことあるんじゃないか?」



「ッ!」



俺は目の前で固まった彼女を尻目に自分の足下に回復剤を10個ほどばらまく。



「ほれ、ほれ。取れるものなら取ってみろ。」



俺は彼女をおちょくるようにその場で左右に揺れながら1つずつ回収していく。



「このっバカ!最低男!鬼!悪魔!バカ!もう知らない!」



バカって二回言ったな。



しかしそう言うと彼女は回復剤を無視して次の地点に向かって走り出してしまった。俺は彼女の背中を見ながら、してやったりとニヤニヤ笑みを浮かべていた。その後の試合は上手くいくことはなく、回復剤の無い彼女はあっという間に倒され、俺も一人では勝てるわけもなく一矢報いることもなく倒された。その日は結局一回も勝てずに終わってしまった。



部隊壊滅。



ゲームを終わろうとした時、彼女は一言「もう知らない。」とだけ言ってパーティーから退出してしまった。




*  *  *  *





「それで彼女はもう一緒に遊んでくれないかもって?」



「…うん。」



俺は小さく誠に返事をする。



「考えすぎだって!倭は昔から物事をマイナスの方に考えすぎなんだよ。そんなんじゃこの先、生きていけねぇぞ?」



「そうだよ!まだ相手からは何も言われてないんでしょ?なら、まだ決めつけるには早いって。」



「でも、もう一週間も経ってるんだぞ。それにあいつにメールしたって既読だけついて終わるし。」



「た、たまたま返信出来なかっただけに違いないさ!」



「それにあいつは数日って言ってたのにもう一週間だ。」



「きっと色々忙しいんじゃないかな?きっとそうだよ!」



二人から励ましの言葉をかけてもらうも今の俺には効かなかった。



「ねぇ誠。これどうすればいいの?」



「ここまで落ち込んだ倭は初めて見たな。これだと、やまとじゃなくてヤミトとだな」



「あはっ。ヤミトって。」



「はぁー。」



長いため息が出る。あいつのことを思い出す度にこれだ。もう一生、彼女とゲームが出来ないのかと思うと色んな感情が頭に押し寄せてくる。怒り、悲しみ、後悔。それらが混ざってぐちゃぐちゃになっているようだ。



「これは重症だな。」



「全治二日ってところかもね。」



「はぁー。」



まだまだため息は続きそうだ。



それを見かねて誠が俺に言ってきた。



「倭。前に自分が何て言っていたか覚えているか?お前はゲームさえ出来れば一人だって別にいいって言ったんだ。でも実際は違った。そうだろ?現に今彼女とゲームが出来ていないお前はすごいつまらなさそうだ。」



それを聞いて俺ははっと気付く。



「お前の中でどれだけ彼女の存在が大きかったか分かっただろ?でもそれはきっと彼女の方だって同じに決まってる。だからさ、ここは一度正直に彼女に話した方がいいんじゃないか?」



彼女の存在。確かにあいつとゲームするときは一人でする時より動きもいいし、心なしか自分も生き生きしているように感じる。今までずっと彼女がいることを当たり前のように感じていた自分がいる。だからこそ、彼女とゲームが出来ないことにとてつもない不安を感じている。



「な?分かっただろ。お前にとって彼女の存在の大きさが。お前らは二人でベストコンビ何だよ。分かったらどうするべきかくらいは分かるだろ?」



俺はそれを聞くと決心したようにコントローラーを机の上に置く。



「ごめん。俺今日はここで抜ける。二人ともありがとう。」



「いいって。ちゃんと話してこいよ。」



「そうそう。しっかり話してきたら後でどんなこと話したのか教えてよね!」



「うん。」



俺はそれだけ言うと誠達のパーティーから離脱する。


「誠って本当に優しいよね。」


「ん?あぁ。俺が優しいのは元々そうだけど。やっぱりあそこまで落ち込んでる親友は見過ごせないからな。」


「ふふっ。確かに。でも友達にあそこまで言ってあげる誠もかっこよかったよ?見直しちゃった。」


「おいおい。そこまで言われるとさすがに照れるって!それにりんりんだって倭のこと励ましてくれてたじゃん。正直俺だけじゃ倭にあそこまで言えなかったよ。これもりんりんのお陰だな!」


「もう、誠ったらすぐそう言う」


「別に間違ったことは言ってないだろ?」


「確かに!」


「後は倭自身に任せよう。」


「そうだね!きっと大丈夫だよ。倭ならまた前みたいに楽しくゲームできるよ」


そう言うと二人は再びゲームを再開した。






パソコンの電源を落として、自分のスマホを手に取る。慣れた手付きでメールを開くとあいつとやり取りをしていた画面を開く。既読だけついている文が何列も連なっている。返信はまだ無い。



俺は一文字ずつ、後悔を噛み締めるようにスマホに文字を打ち込んだ。

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