第3話 俺はゾンビ


「そっち大分ヤバイから抑えといてほしい!」



「オッケー。だけど長くは持たないから早くしてよね!」



慌ただしく動くコントローラー。激しいプレッシャーと焦燥感で震えそうになっている二人の声がヘッドフォンに響いている。



「ちょっと、多すぎてもう耐えられそうにないんだけど。ていうかこいつら気持ち悪すぎ。死んでるならさっさとくたばりなさいよ」



「もう少しだけ耐えてくれ!そうすればここが開くから」



「もう少しってどれくらい!?あたしのもう少しは今なんだけどー!」



彼女の方を見てみると今入ってきた扉を必死に抑えている姿が見える。これは急がないとまずい。



「こんなに来るなんて聞いてないよ~!」



四方八方ゾンビに囲まれているこの空間で彼女の絶叫ともいえる悲鳴が木霊する。



こんなことなら誘いに乗らなきゃ良かった。

時既に遅いが後悔だけが募るばかりだ。



午後は回らない頭で何とか授業を乗り切り、おぼつかない足取りで帰路についた俺はポケットからスマホを取り出すと、新着のメール通知が来ていることに気付いた。



「今日は何する?」



おいおい勘弁してくれよ。ただでさえ寝不足で疲れも溜まってるのに。



俺はその場で深くため息をつくとスマホに素早く指を走らせる。



「何でもいいよ。だけどちょっと今日は軽めのがいいな。」



それだけ打ち込むとスマホをしまって歩き出すが、少し歩いたぐらいでメールの着信音が鳴る。すぐに立ち止まりメールを確認するとメールにはゲームの名前と開始時間が書かれていた。俺は一言「了解」とだけ打ち込むとスマホをしまって再び帰路に着いた。




「いくらなんでもいきなりハードモードはきついだろ!」



「だって!だって!あんたがゾンビに襲われて、泣きながらあたしに助けを求める光景が見たかったんだもん!」



「最低だな!」



あいつのとんでもない発言に思わず突っ込む。



「それになんだよあのメールの最後の一文は。あんたのことだからどうせ寝不足状態でゾンビみたいな一日を過ごしてたんでしょ?ゾンビの共食い見てみたいからこれやろうって。頭いかれてんのか!」



「面白そうだったんだもん。仕方ないでしょ!」



いや、仕方ないでは片付けられないだろ。



「てか、まだ扉開かないの?もう壊れそうなんですけど!話してないで作業に集中してくれる?」



「話しかけてるのどっちだよ!」



鋭い突っ込みをいれると俺は再び自分の作業に集中する。



俺達が今やっているのは生物災害によって感染し、ゾンビ化した生物から逃げたり、戦ったりするといった世界的にも有名なゲームだ。

今は俺達以外の民間人と呼ばれるNPC達と一つの建物に閉じ込められ、ゾンビの大群に囲まれている。


唯一の逃げ道はロックされており、ギミックを解除しなければ通れないようになっているのだが、これがとても難しい。一度失敗すると最初からやり直しになってしまう。おまけにあいつが初めて遊ぶのにもかかわらず、ただ面白いからという理由でハードモードにしたせいで、ゾンビ側のステータスが爆上がりしている。まさに絶対絶命の状況だ。



「よし!もう少しで開きそうだ!」



「早く早く!後三十秒も持たないかも」



残るギミックは後一つ。それだけあれば間に合うだろう。コントローラーを握り直し再度集中する。


タイミングがズレれば失敗する。昨日もこんなシチュエーションだったなと軽いデジャヴを覚えながらここだといったタイミングでボタンを押す。



「よし!開いたぞ!」



上手く扉の解除に成功した。安堵のため息が口から出てきたが、まだ油断はできない。

俺は隣で壁を抑えてるあいつの方に目を向ける。



「やった!じゃあ早く行こ!」



「バカッッ!」



扉が解除されたことで油断したのか、彼女は扉から手を離す。

咄嗟に手を伸ばして扉を抑えたが時すでに遅し。

俺だけの力じゃ抑えられないほどになっていた。「おい!安心してる場合じゃねぇぞ!まずは民間人優先だ。二人で抑えておけば少しは時間を稼げる。」



「わ、分かった!でもその後は?二人で抑えるのにも限界はあるよ」



確かにいくら二人で抑えているといえどもこのままでは突破されるに違いない。



「ここは俺が何とかする!だから民間人の避難が済んだら俺を置いてお前だけでも先に行け。」



「ヤマキング…」



「合図と同時に扉から離れるんだ。そしたらあの扉に向かって走れ!」



「分かった!ヤマキングの命無駄にしないよ!」



誰もが憧れるゾンビ映画には定番のやり取りを一通り終えると、民間人の避難が完了した。



「今だ!行け!決して振り返るなぁぁぁ!」



俺がそう叫ぶとあいつも扉から手を離し出口の扉に向かって走り出す。二人分の抵抗がなくなった扉は勢いよく開かれ、大量のゾンビが流れ込んでくる。俺は少しでも時間を稼ごうとその中に手榴弾を投げ込むとあいつの後を追うように出口へ向けて走り出した。



出口付近で防衛すれば時間は稼げる。自分が犠牲になってでも止めればミッションクリアだ。



後ろから大量のゾンビが追いかけて来ているのが分かるが振り返る時間もない。銃を取り出し準備を整える。



出口付近まで後少しだ!



銃を構え、振り返ろうとすると前方から何か飛んでくるのが見えた。



「は!?」



飛んできた何かを確認する前に勢いよくそれは俺の横を通りすぎ真後ろで爆発する。



「グフッ!」



爆風に吹き飛ばされ壁に叩きつけられ、自分の操作しているキャラから痛々しいうめき声が聞こえてきた。何が起きたか分からないでいると突如として笑い声が聞こえてきた。



「あはははっ!どうだ私のロケットランチャーの威力は!どんな敵も一発で粉砕よ!」



声のする方を見るとロケットランチャーを抱えこっちを見て笑っている人物がいる。



「なーに最後はかっこつけようとしてるんですかー。映画の見過ぎも程々にしときなさいよ!」



「俺ごと殺す気か!それにどこから持ってきたんだよそれ!」



「そこに落ちてた。」



「いや、落ちてたじゃねぇよ。」





*  *  *  *




「はぁーっ。何とか突破出来た。」



あの後は迫り来るゾンビ達をロケランで一掃できたので二人仲良く出口から出ることが出来た。今はミッションの方も一段落し、一緒に逃げてきた民間人の護衛に当たっている。人数も多いのであいつと半分ずつ分担することにした。



「にしてもギリギリだったな。」



「そう?あたしのファインプレーで余裕だったでしょ。」



「いや、俺に当たってたら死んでたぞ。」



「ちょっと!あたしだってちゃんとあんたに当たらないように計算してるから!」 



いまいちこいつの言ってることは信用ならない。そんなことを、考えているとあいつがこっちを見ているのに気づく。



「ロケランを向けながらこっち見てどうした。俺はゾンビじゃねぇぞ。」



「ねぇ。何かあたしに言うことあるんじゃない?」



「…ハナ姫って、ネーミングダサいよね。」



「はぁ!?何それあたしに喧嘩売ってるの!?」



「そもそも姫って入れてるところがもう既に痛いよね。」



「ちょ…ちょっと、もう分かったから黙りなさい!あたしが悪かったから!」



そう言うと彼女はロケットランチャーを下に向け、それに合わせて俺も口を閉じた。



「はぁーっ。本当にあんたって素直じゃないよね。そんなのでよく今まで生きてこられたね。」



「やかましい!俺がどう生きてようが勝手じゃねぇか。俺がそこまで言われる筋合いはねぇぞ!」



「あたしだって会ったことのないやつにボコボコに言われたくないわよ。」



確かに俺達は会ったことすらないのにこんなにも言い合っている。やはりこんなのがベストコンビなわけがない。



「俺だって別にお前に会いたいとも思ってないし、会うつもりもない。ゲームを一緒にする。俺達の関係はただそれだけだろ。」



それだけ言うと彼女の方も口を閉ざした。



一緒に同じゲームを遊び、一緒に戦う。お互いのことには何も触れずにその距離感を保ったまま。

そんな関係で俺達は十分だ。



「…別にあたしは…会いたくない訳じゃ…」



彼女が急に小さな声で独り言のように喋りだしたので倭は上手く聞き取れなかった。



「ん?何か言ったか?」



「いーや何も。あんたの右肩をさっきから美味しそうに噛んでるそいつとそれに気付かないあんたが面白かっただけ。」



「え?」



それを聞いて俺は視線を自分の右肩に向ける。

そこには俺の肩にこれでもかと言うほど歯を食い込ませているゾンビがいた。



「あ。」



そうして初めて自分がゾンビに噛まれていることに気付き、すぐにそいつを引き離そうとしたが、一歩遅かったのかキャラクターの制御が効かなくなってしまった。



俺はゾンビになった。



ゾンビと化した自分のキャラを唖然と眺めていると、目の前にロケットランチャーを構えた彼女が現れた。



「あはははっ!ねぇ。何かあたしに言うことあるんじゃない!?」



「くっ!殺せ!」



「せいぜいあたしに殺されることに感謝しなさい。惨めなゾンビきゅん!」



「バカヤローーーー!!」



彼女が引き金を引いたと同時に自分に向けてか彼女に向けてかわからない怒号が響くも即座に自分の足元で発せられた爆音で書き消されてしまった。

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