第2話 ベストコンビ!
眠い。
とてもじゃないが体が動かない。溜まった疲労と倦怠感で何もする気が起きない。何度も襲ってくる睡魔に勝てるはずもなく、その度に意識が遠退いていく。
自分の意識が遠くなるのを感じていると遥か遠くの方から声が聞こえてくる。
「…と」
「…ま…ら…と」
段々と声が鮮明に聞こえてくる。だが、はっきりとは聞こえないためそのまま聞き流していた。
「鎌倉倭!」
その時初めて大きな声で自分の名前が呼ばれていることに気づいた。眠りに入りそうだった俺は突如呼ばれた自分の名前にビックリし、体をびくんと跳ね上げると声のした前の方をを向く。
「ここ。音読してもらいたいんだが」
「あ、すみません。」
俺はそれだけ言うと指定されたページを開き、まだ覚醒しきっていない頭で音読を始めた。
今日の俺は生きてるのか死んでるのかわからない程ゾンビ状態だった。誰が見ても今日の俺はひどい状態だ。ゾンビの方がまだ可愛く見えてくる。今日は朝からずっと授業の内容が頭に入ってこない。
俺が通っているのは田舎にある公立の進学校、小町藤高校。ただでさえ授業が進むのが早いのに加え、最近はまだ2年の春先だと言うのに3年に向けての勉強を始めるとか言ってきた。この調子だとまずいかもしれない。
結局昨日は今日の3時になるまで練習場でタイマンをしていた。なぜか不思議とゲームをしているときは明日は起きられると錯覚してしまう。しかし実際はそんなことはないものだ。朝は頑張って体を起こし、身支度も済ませて登校したが、学校に着いた途端、自分の体に急に疲れが現れてきた。
「これなら、無理にでも切り上げとけば良かった。」
昨日のことを思い出すと後悔しか出てこない。
昨日のタイマンではあいつが延々と負け続けこっちがもう切り上げたいと言っても再戦を申し続けてきた。
最終スコアで勝ったのは俺だったので謝罪を要求したところすぐにメールで謝罪文を送ってきた。それを眺め、満足した気分で寝ようとしたのだが、10分おきにあいつが謝罪文を送ってきたせいで寝付くことができなかった。結局、睡眠に入ることができたのは空が薄明るくなってから。
午前は何とか乗りきれたのだが、午後はどうなるかわからない。今はお昼の時間だがお弁当へ伸ばす箸が度々止まる。
「はぁーっ。まじであいつふざけやがって。」
重いため息が口から出てくる。午前からずっとこんな調子だ。
「こっから後三時間もあるのか。」
そんな独り言みたいなことを言っていると急に背中を叩かれた。
「なーにゾンビみたいな顔してんだよ!急に噛みついてくんなよ?」
「グフッ」
突如として襲ってきた激しい衝撃と大きい声にビックリして危うく口の中の物を全て吐き出すところだった。
「ゲホッ。ゲホッ。ゴフッ。グッ。」
無理やり口の中の物を飲み込んだせいで思い切りむせた。
「あ、すまん。大丈夫か。まさか口の中に入ってるとは思わなかった。」
万全ではないが、段々と息も楽になってきた。そして初めて声の主の方に顔を向ける。
「ゲホッ。ゲホッ。……誠?」
「お!やっと気づいたか。さっきから話しかけてもお前ぼーっとして何も聞いてなかったからよ。優しい俺様が蘇生してあげたんだぜ?」
「もっといい方法があったろ。」
「へへっ。そうか?」
二階堂誠。茶髪のいかにもやんちゃな雰囲気を醸し出しているこいつは俺と幼なじみで、俺の数少ない友達の1人であり、ゲーム仲間でもある。性格はとても明るく、人当たりもいいのでどんな人ともすぐに仲良くなってしまう。冴えない俺とは打って変わって遥か遠くにいるような存在だ。誠とはゲームすることもあったが、最近はあまり一緒に遊べてはいなかった。
「急な蘇生は勘弁してくれよ。危うく自分の弁当に殺されるところだったぞ。」
本当に一歩間違えてたらやばかったかもしれない。
「だってよー。話しかけてもなんも反応ないし、午前からずっとそんな感じだから、何かあったのか心配だったんだよ。」
さすがというか今までずっと一緒にいたからか、俺のちょっとした変化でもすぐに気づいてくる。
「なんかあった?」
さすがに朝方までメールの通知にうなされていたなんて言えるわけもない。
「いや、別に何も。」
「つれないこと言うなよ~。じゃあ俺が当ててみようか。んーとねー。その顔はー、女だな!」
何でわかんだよ!気持ち悪ぃ。
「お!図星か!?やったぜ!」
まさか本当に当ててくるとは思わなかった。
「何だよまた喧嘩したのか?」
もうこれ以上隠す必要もない。俺は昨日のことを全部話した。
「はぁーっ。そんなことだろうとは思ったけどさ。」
洗いざらい全て話すと誠はやれやれといった具合で言ってきた。
「全く喧嘩するほど仲が良いのか悪いのか分からねぇなお前らは。界隈でも有名なぐらいのベストコンビなんだろ?何でそんなちっこいことで喧嘩してんだよ。そんなんじゃ他のプレイヤー達に差つけられるぞ?」
巷では俺と彼女のことを最高のベストコンビだと言っている人達もいる。名前にキングと姫が入っているからというのもあるだろう。だが、そんなのはプレイ面でだけだ。実際試合が終われば喧嘩になるし、練習の時も大抵あいつが寝過ごすのでそんなときは毎回決まってタイマン勝負になる。
ベストコンビなんて言うがそんなの試合と結果だけ見て普段の俺らをみたことがない人が勝手にそう呼んでいるだけだ。ベストでもなんでもない。
「俺達はベストコンビなんかじゃない。あいつのことだって何も知らないし、知りたくもない。俺はただ、ゲームさえ出来れば何でもいい。」
「おいおい、そんな冷えるようなこと言うなよ。それにさ、だったらまずは知ってみることから始めたらいいんじゃねぇの?」
「は?」
誠は、何を言っているんだ?
「だからぁ、もっとお互いのことを知れば、喧嘩だって無くなるし、二人のプレイも今よりもっとよくなると思うんだよ。だってお前ら会ったことすらないんだろ?」
あいつのことを知る?何故?知ってどうなる?
「いや、俺は別にあいつと仲が悪くても」
「でも彼女とゲームはしたいんだろ?」
誠が放ったその言葉に反論しようと口を開くも、お昼休み終了のチャイムで強制シャットアウトされてしまった。
「なんだよもう終わりかよ。まだ倭と話したいことたくさんあったんだけどなぁ。」
正直俺はもう沢山だ。
「まぁ、次回の時に話せばいいか。めっちゃ面白い話聞いたからよ、楽しみにしといてくれ!」
誠の言う面白いにはあまり期待はできない。
「それと、最近一緒にゲーム出来てなかったから今度遊ぶぞ!いいな!」
「あぁ。分かったよ。」
それを聞くと誠は嬉しそうに笑って自分の席に向かう。
「あ、あと思ったんだけどよ。」
「?どうした。」
誠が自席へ向かう途中、俺の方に振り返って言ってきた。
「本当に仲が悪いならよ。みんなが憧れるベストコンビなんて絶対なれないんじゃないか?」
「………」
この調子だと午後もダメそうだ。
「あいつのことを知る、か」
依然として意識のはっきりしない頭でそんなことを考えながら、俺は次の授業の準備を始めた。
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