蘇った記憶
「知らない天井だわ」
次に目が覚めると、真っ白な天井が見えた。
こういう時のお約束とばかり、古いアニメの台詞を口にする。
「馬鹿、こんな時に何言ってるの」
意外なことに、ベッドの横では母が涙ぐんでいた。
「武留君は?」
「無事よ、あんたがアイツを押さえてたおかげでね」
憎々し気に吐き捨てる母から事の次第を聞いた。
中本は、兄を殺害した犯人だった。兄は事故死したのではなく、連続殺人事件の犠牲者だったのだ。
平日昼間、町の人々が忙しく働いている間に学校が休みで暇を持て余した子供を連れ出して、首を絞めて殺していたそうだ。
「あの人、身体が細いでしょ。子供の頃はいじめられてたみたい」
それで、対抗するために武道を習い始めたらしい。
そしてある日、あの桜の下に呼び出された中本は、いじめっ子ともみあいになり、偶然絞め殺してしまったのだそうだ。
「その時は、すぐに遺体が見つからなくてね。すっかり動物に食い荒らされてから発見されたから、事故だと思われてたの」
中本は、その時の感触が忘れられなかったのだそうだ。
「学生のうちは良かったんだけど……教師になってすぐ、ものすごく乱暴で生意気な子を担任した時があってね」
それが、かつて中本をいじめていた……彼の最初の犠牲者となった男児の親戚だったらしい。
「顔もそっくりで、当時のことがフラッシュバックしたみたいなの。それで、その子がたまたま春休みにあの桜の下で遊んでいるのを見て、発作的に首を絞めたんですって」
今度はすぐに発見されるのを恐れ、車のトランクに隠して夜間に川まで運んだという。
「川に流せば発見を遅らせられるし……その、死因もね」
当時の技術では、魚や虫に食い荒らされた遺体は死因を特定するのが難しかったそうだ。
「だから、春にあの川で男の子が亡くなることが多かったのね」
みんな事故ではなく、中本に殺されたのだ。
「でも、どうしてお兄ちゃんが?」
どちらかと言えば優等生で聞き分けの良い兄が狙われた理由がわからない。
「授業中、先生の勘違いを指摘しちゃったみたい。それで、生意気だって恨んでて」
春休み、一人で遊んでいたところを花見に誘うと、全く警戒せずついてきたのだとか。いつも通りに殺害して、車に隠して川に捨てたらしい。
「私、それを見ちゃったのね」
再び中本の犯行を目にしたことで、私は全てを思い出した。
あの日、私はたまたま山に入っていく二人を見かけてこっそり後をつけたのだ。大好きな兄を驚かせようという、無邪気な悪戯心で。
そして犯行の一部始終を見た私は、ショックで意識を失った。
しかし、それが幸いしたのだろう。声も立てずに気絶した私は、犯行を終えた中本に見つからずに済んだのだから。
夕方になって、たまたま山の様子を見に来た近所の人に発見された私は高熱を出していて、目覚めた時には何も覚えていなかった。
「それにしても、美香はなんであんなところにいたの? 聡の事件以来、桜を怖がって近寄らなかったのに」
「武留君が山に入るのを見かけたのよ」
「おかしいわね。その時には武留君はもう中本に捕まってたんでしょ?」
「うん。きっとお兄ちゃんだと思う」
「聡が?」
「武留君を見つけた時、近くにお兄ちゃんが立ってたの。きっと私に事件を思い出して、これ以上の犠牲を防いでほしかったんだと思う」
「そっか」
……そして、私のことも守ろうとしてくれた。
あの日、中本に何度も蹴られた時……
衝撃にぼやけた視界の中で、あいつの足にしがみついて何とか止めようとしていた小さな手が見えた。そのおかげで大怪我はしたものの、無事に救出されたのだ。
……ありがとう、お兄ちゃん。もう大丈夫。
私は心の中で、兄にそう囁きかけた。
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