ソロでクエストを受けたかっただけなのに


 冒険者登録をした翌日。


「アンソニー様。昨日冒険者ギルドに行くと言って向かい、夕方頃早々に帰ってきてずっと書庫にこもっていましたが何をされていたので?」


 イリスが、昨日の帰宅後に俺がとっていた行動を不審に思っていたのか問い詰めてくる。


「ああ、ちょっとね」


 昨日、冒険者登録を終えた俺は、屋敷に帰った後すぐに書庫にこもった。

 なぜかって? もちろん、モンスターについて調べるためだ。 

 書庫にある本は一通り目を通してはいるが、討伐クエストに備えてモンスターの情報を収集していた。


「どうせ、アンソニー様のことです。クエストのための情報収集と言ったところでしょうか」


 このメイド、俺の思考を理解してやがる⋯⋯。


「まあ、そんなところかな⋯⋯。なぜわかった?」


「アンソニー様がやりたいことを見つけた時に、知識の補填から入るのは今に始まったことではありません」


「ふっ⋯⋯さすがだな」


 ほーん、俺のことよく見ているな。

 ひょっとしてこのメイド、俺のことを⋯⋯。


「好きですよ? 主人として」


 そう、好きなんじゃないか? ⋯⋯って、おい!?


「やめてよねー。俺の思考を読むの」


「くだらないことを考えてそうな顔をしていたもので」


「──ひどくない!?」


 まあいい、俺は今日初めてクエストを受ける。

 そのための情報収集も済ませ、準備万端というわけだ。


「楽しそうですね」


「うん、今日はクエストを受ける予定だからね」


「そうですか、ではお気をつけて。行ってらっしゃいませ」


「行ってくる!」


 今日もイリスに元気よく挨拶して、冒険者ギルドに向かうことにするのだった。




 冒険者ギルドに到着する。

 扉を開けて中に入ると、昨日の冒険者登録の時に目立ってたせいか好奇の目線を向けてくる冒険者が多い。


「昨日の新人だ」「どのクエストを受けるんだろうな」「本当にソロで大丈夫なのか?」


 周りが俺の動向について話している中、受付に向かって歩く。

 すると、誰かが気配を消して俺に近付いてくるのを感じた。


「あなた、トニーよね? 私はソ」


「──人違いです!」


 ⋯⋯ふう、危ない。

 俺はなぜか面倒事に巻き込まれそうな気配を感じたため咄嗟とっさに嘘を付く。


「いいえ! 昨日あんなに目立ってたし、あなたのことをしっかりと見ていたから人違いなはずがないわ!」


「気のせいです、お引き取りください」


 俺はそう言って受付に向かい始める。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」


 俺は無視して受付まで歩くと、クエストを受けるためアリシアさんに話しかける。


「アリシアさん、クエストを受けに来ました!」


「あら、トニーさん。お待ちしておりましたよ」


 あっ⋯⋯。


「ほら! トニーで合ってるじゃない!」


「いいえ、トニーは双子の兄です」


「⋯⋯えっ!?」


 よし、今のうちに。


「ギルドカードの提示をお願いします」


「どうぞ」


「はい、ではCランクのクエストが受注可能です。どちらにされますか?」


 さーて、どれにしよっかなー。


「ちょっと! あなたくらいの年齢でCランククエストを受けられる冒険者なんて、ここ最近トニー以外にいないんですけど!?」


「ちっ、バレたか」


 こいつ、なかなかに鋭いようだ。


「トニーさん? そろそろ相手をしてあげてもいいんじゃないですか?」


 うーん、アリシアさんにそう言われたら仕方ないな。

 ちょっと涙目になってて可哀想だと思ってきたところだし。


「えーっと⋯⋯。どうも、トニーです」


「最初から名乗ってくれてもよかったのに⋯⋯。 私はソフィーよ」


「知らない人には名前を教えないようにって、母さんが」


「それだと誰にも名前を覚えてもらえないじゃない!」


 おっと、それに気付くとは⋯⋯天才か!?


「よく気付いたな。それで、ソフィーさん? 俺に何か用?」


「あなた、私のライバルになりなさい!」


 なんだ、そんなことか。


「別にいいよ」


「そうよね⋯⋯いきなりそんな事を言われても⋯⋯。っていいの!?」


「勝手にすればいい」


「そ、そう⋯⋯。私とライバルになれることを光栄に思いなさいよね!」


 ソフィーと名乗る俺と同じくらいの年齢の少女は、毛先を弄りながら恥ずかしそうとも嬉しそうとも取れるような表情でそんなことを言い始める。


「へいへい、光栄ですお嬢様」


「なっ!? あなた、私の正体に気付いて——っ!?」


「へ? 何のこと?」


「なっ、なんでもないわっ!?」


 何だこいつ、変な奴だな。

 まさか、俺と同じように身分を偽って冒険者をしてるとか?

 ────いや、ないな。俺みたいな考えで冒険者をする奴なんて他にいるはずがない。


「よくわからないけど、俺の活動の邪魔だけはしないでくれると助かるよ」


「私が足手まといになるわけないじゃない!」


 え? 何言ってんの? この子。

 一緒についてくるかのような物言い。気のせいだよね?


「じゃ、そういうことで俺はクエストを受けてくるからまた今度」


「ついていくわ」


「⋯⋯は?」


「当然よ、ライバルなんだから同じクエストを受けて競い合わないと」


「いや、ちょっと何言ってるかわかんない」


「わかるわよね? というわけで、よろしく頼むわ!」


「ア、アリシアさん!」


 俺は助けを求めるようにアリシアさんの方を振り返る。


「あら、丁度いいと思いますよ。こう見えてソフィーさん、Aランク冒険者ですし」


「は? Aランク!?」


「はい、彼女はAランクパーティーに所属しており、個人としてもAランクです。私もトニーさんがソロで活動すると聞いて少し心配していたんです。最初くらい優秀な冒険者の方と一緒にクエストを受けていただけた方が安心かと」


 まじか⋯⋯。

 確かに同じくらいの年でAランク冒険者がいるなら、実力に興味がかなくもない。

 でも、やっぱソロで活動したいしな⋯⋯。


「俺からも頼む。ソフィーを連れて行ってやってくれないか?」


「あなたは確か⋯⋯ルークさん?」


「ああ、ソフィーは同じパーティーメンバーだ。昨日、お前が冒険者登録しているのを見て、同じくらいの歳のライバルができるかもしれないと嬉しそうにしていた。昨日はスカウトのために声をかけたが、無理にパーティーに加入しろとは言わない。ソフィーだけでも同行を許してやってほしい」


 へえ、同じパーティーメンバーとしての親心みたいなものか。

 そこまで言われたら仕方ないかなー。ルークさん、いい人そうだし。


「ちょっとルーク!? それは言わない約束だったじゃない!」


「お前の説得だけだと難しいと判断したまでだ」


 ルークさんの判断は正しい。

 あと、アリシアさんの説得もなかったら普通に断ってたかな。


「そこまで言うのなら、わかりました。その代わり、今回だけですよ?」


「感謝する」


「ふ、ふんっ。別にあなたじゃなくても、他にライバルはたくさんいるんだから!」


「ソフィー」


 ソフィーと呼ばれる少女がよくわからない強がりを言っているが、ルークさんが少女の名前を呼び、たしなめるような視線を投げかける。


「わ、わかったわよ! 私のことはソフィーと呼んで! その⋯⋯よろしくね?」


「俺のこともトニーでいい。よろしく」


「じゃあトニー、どのクエストにする?」


「うーん。アリシアさん、何かいいクエストありますか?」


 モンスターについて色々と調べてきたものの、俺のランクに合ったクエストがどんなものか受付嬢としての意見も聞きたい。


「そうですね、ホーンボアの討伐なんていかがでしょう? 丁度大量発生している時期ですし、実力試しとしても、報酬面でも申し分ないかと」


「いいわね、それにしましょうl」


 ホーンボアといえば、1つだけある大きい角が特徴的な猪型のモンスターだ。

 Cランクモンスターの中でも弱すぎず強すぎないため、初めてのクエストとしては手頃かもしれない。


「では、それにします!」


「ではお二人とも、依頼書にサインをお願いします」


 そう言われたので依頼書に目を通し、お互いにサインする。

 ふむふむ、依頼の達成条件はホーンボア5頭以上の討伐か、丁度いいな。


「はい、確認できました! では気をつけて行ってらっしゃいませ!」


「行くわよ! トニー!」


「ちょっと、そんなに急がなくても!」


「他の冒険者に狩り尽くされる前に行くのよ!」


 何!? 他の冒険者も同じ依頼を受けているのか。

 そう言えばアリシアさんも今の時期大量発生していると言っていたな。


「わかった! 急ごう!」


 こうして俺は、同年代の冒険者ソフィーと出会い、初めてのクエストを受注するのだった。




 「次は絶対⋯⋯ソロの冒険者っぽく一人でクエストを受けるんだ!」


 ソフィーには聞こえないように呟き、そう心に誓った。

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