第一章
本の世界に転生したらしい
目が覚めるとそこには知らない天井があった。
「おんぎゃあああああああ」
⋯⋯っ誰だ! うるさいぞ!
周りを見渡しても誰かがいる気配はない。
⋯⋯⋯⋯なんだ、俺か。
よく見れば、赤ん坊が転がっても落ちないように柵で覆われている、木製のベビーベッドのようなものに寝かされていた。
泣いている声がうるさかったのか、誰かがこちらに近付いてくる気配を感じる。
「どうした!? アンソニー⋯⋯うんこか?」
どうやら父親が様子を見に来たようだ。イケメンで、アッシュグレーの髪色がよく似合っている。
そして俺の名前はアンソニーらしい。
⋯⋯アンソニー? どこかで聞き覚えが。
「ローラン様、アンソニー様の下着は先ほど変えたばかりです」
記憶を辿っていると、家のメイドだと思われる綺麗な黒髪の若い女性も、俺の様子を見るため部屋に入ってきた。
「すまないイリス、つい気になってな⋯⋯」
アンソニーに、ローラン、イリスと来たら⋯⋯まさか。
「少しは落ち着いたらどう? あなた、ウィリアムの時もそうだったけどそそっかし過ぎるわよー」
確信が深まってきたところで、母親だと思われるゆっくりで落ち着いた声が聞こえてくる。ベージュの髪色が似合っており、美人で穏やかそうな印象だ。
「フィオナまで⋯⋯」
2人にみっともない姿を見られローランがなんだか項垂れているが、兄と母親の名前を聞いて遂に確信する。
俺⋯⋯あの本の主人公、アンソニーに転生したんだ!
おいおい⋯⋯最っ高じゃねえか!
店長、神様、仏様⋯⋯マジ本っ当にありがとう!
だが⋯⋯一つだけ、ほんの一つだけ文句を言わせてほしい⋯⋯。
──トラック転生かい!!!
いや、定番だけどさあ⋯⋯なんか他にもっとない? あるよね?
まあいい、転生させてくれただけありがたいと思おう。そうしよう。
俺が転生したことに興奮していると母親が俺に近付いてきた。
「きっとお腹が空いているのよ」
そう言って抱き抱えられると、おっぱいに近づく。
さすが母親、父親と違い赤ん坊のことをよくわかっているようだ。
精神的には大人なので恥ずかしい気持ちはあったが、空腹には耐えられない。
「ばあぶうううう」
そう言って俺は、柔らかな膨らみを手繰り寄せ最高の食事にありついた。
転生して5年くらい経った。
本を読んで知ってはいたが、この世界には魔法が存在する。
ストーリー中のアンソニーは、赤ん坊の頃から魔力を扱う練習をすることで、魔力を底上げし様々な魔法が使えるようになる。
それを知っている俺は、例に漏れず毎日欠かさず練習を積み重ねてきた。
試行錯誤しながら自分の能力を高めていく日々は、ニートで暇だった頃に比べると充実していて楽しい。だって、能力を高めれば高めるだけ、将来無双できるシチュエーションが増えるんだぜ?
決して調子に乗って、本来アンソニーが覚えるはずのなかった魔法を開発なんかしてないよ、うん。
「アンソニー様、もう三属性の魔法を習得されたのですか!?」
いつものように屋敷の庭で魔法の練習をしていると、イリスが俺に声をかけてくる。
この世界の魔法は大きく分け、火、水、風、土の四属性が存在する。三属性以上扱える者は珍しいため、イリスは驚いた様子だ。ちなみに、稀に氷属性等の四属性以外の魔法を使える者もいるが特殊な例だ。
「うん! といっても初級魔法だけだけどね」
嘘だ。本当は中級魔法の練習をしていたが、この世界で5歳児が中級魔法を使用するのは一般的でない。そのため、俺はイリスの気配を感じると
「アンソニー、初級魔法とはいえ三属性も使えるようになったのか!? 俺も負けてられないな」
遅れて支度を終えた兄のウィリアムが、俺の成長に感心しつつ、魔法を練習するため俺と合流する。
兄は俺の2つ年上で、髪色は少し暗めのベージュ。母親に似て穏やかな印象で、かなりのイケメンだ。しかも、火と風の二属性の魔法を得意とし、中級魔法まで使えるため優秀さも兼ね揃えている。
「さすがビブリア家の御子息、将来が楽しみですなあ」
2人で軽く魔法の練習していると、魔法の家庭教師であるバーナード先生がやってきた。
俺たちは伯爵家の生まれで、家名はビブリア。愛読家の家系で、勉強は自主的に行うことになっているが、実践的なことは家庭教師に教わる。
ちなみに、『本は読むのみに非ず』というのがビブリア家の家訓だ。
本から知識を得るだけでなく、実践して身につけろってね。
「僕なんてまだまだです、兄様の方がよっぽど優秀ですよ」
「⋯⋯確かに、ウィリアム様は7歳とは思えないほど上達がお早い。私も長年、優秀な生徒を見てきましたが、ここまで優秀な方は初めてかもしれませんなあ」
他所行きの口調で話の矛先を兄に向けると、バーナード先生は兄を褒め始める。
──これでいい。今は目立たず、優秀な兄の陰で成長できる環境を享受するのみ。
我ながら完璧な考えだ。
「2人とも褒めすぎだって。俺の成長はビブリア家の環境とバーナード先生の教えのお陰だ。それに⋯⋯」
兄は頭をかきながら照れたように笑う。
その後、何か言いたげな視線をこっちに向けてきたが、俺の顔に何か付いているのだろうか。
雑談は程々に、先生に教えてもらいつつ2人で魔法の実践練習をこなした。
「ウィリアム様、アンソニー様、昼食の準備が整いました」
「おや、もうそんな時間ですか⋯⋯。では私もこれで失礼することにするよ」
そう言ってイリスは俺たちを昼食に呼んだ後、先に屋敷に戻り、バーナード先生も帰ってしまった。
さて、俺も屋敷に戻るか。
「アンソニー、ちょっと待ってくれ」
お昼ご飯を食べようと屋敷に向かって歩き始めた時、何故かウィリアムに呼び止められる。
何だろう。
「兄様、どうかしましたか?」
「なあ、俺が庭に来る前⋯⋯もしかして中級魔法の練習をしていなかったか?」
「⋯⋯⋯⋯」
バ レ て や が る 。
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