暇なので異世界に行く


 店長から貰った本のタイトル。


 それは⋯⋯。


 『暇を極めしニート、異世界で無双する』


 まさに、今の俺のような暇を持て余している主人公が、異世界で無双するであろうことが想像できるタイトルだ。

 最初に見た時は「面白そうだな」くらいにしか思っていなかった。

 でも今考えると、俺がこの状況におちいることを見越していたかのようなタイトルとすら思える。


「⋯⋯まさかな」


 流石に考えすぎだ。

 だってだよ?

 ニートになって暇を極めてたら異世界に行けるなんて、都合良すぎるし現実味なくね?

 もちろん、読み物としては面白そうだとは思う。でも、リアルでは流石にありえないでしょ。


 俺は、この本のタイトルのように自分が異世界に行くこと夢想してみたが、今置かれた現実に引き戻されてむなしい思いをするだけだった。

 

 無双だけに夢想するってな⋯⋯やかましいわ!


 まあ、どうせ暇潰しに読むだけだし期待しても仕方ないか。


「早速だが読ませてもらうぜ? 店長」


 この場にいない店長に向かってそう言うと、俺は貰った本のページをめくって読み進める。


「⋯⋯⋯⋯面白い」


 この後、本を読み終えるまで、俺のページをめくる手が止まることはなかった。




 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


「嘘⋯⋯だろ⋯⋯」


 本を読み終えた俺は、しばらくして新たな絶望感にさいなまれていた。


 ストーリーの続きが気になった俺は、本のタイトルをネット検索し、続編が発売されていないかすぐに調べた。

 しかし、検索結果が一切ヒットしないのだ。


「こんなに面白い本が検索に引っかからないわけがない」


 そう思い、タイトルに近い検索ワードに変えて調べても見当たらない。

 そもそも、1巻の情報すら見当たらないのはおかしいだろ⋯⋯。


 どうしても本の続きが気になった俺は、続編を探すため何軒かの本屋へおもむくことにした。


 結果、どこにも置いていない。


 そこそこ大きめの本屋を3軒回り、各店舗のベテランそうな書店員にタイトルを伝えて調べてもらったが、入荷したことも聞いたこともないと言われてしまった。


 元職場の本屋には気まずいから行かないようにしていたんだが⋯⋯。


「店長に聞くしかないか」


 店長に会うため、今いる本屋を出ると外はすっかり暗くなっていた。

 時間の経過には気に留めず、最終手段として元の職場に向かう。


 目的地に到着し、店内に入るとレジカウンターに見知った顔を見つけた。

 レジに向かい、今日出勤のバイトの子に話しかる。


「久しぶり鈴木くん。店長いる?」

「久しぶりじゃないですか好本さん! でも、残念ながら店長はもうここにはいないんすよ⋯⋯」

「えっ⋯⋯」

「少し前に、転勤になって⋯⋯」

「そっか⋯⋯わかった、ありがとう」


 俺は鈴木くんにお礼を言うと、用は済んだとばかりにきびすを返す。

 店長がいないのなら仕方ない。


「好本さん! また⋯⋯いつでも来てくださいね」


 歩き始めたところで、鈴木くんに呼び止められそんなことを言われる。


「ああ⋯⋯うん」


 曖昧あいまい相槌あいづちを打つと、店を出てそのまま帰路についた。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 茫然自失ぼうぜんじしつとなった俺は、暫くの間何も考えられずにいた。

 

 久しぶりに心の底から面白いと思える本に出会い、この本の続きを読めるのなら本を買う金を作るためにニートを辞めて働いてもいいとすら思えた。

 でも、続きを読むことが叶わないわかった今、働く気力なんか消え失せ、生きる意味を失ったかのような感覚に陥る。

 そんな中、久しぶりに長い時間外出して本を探し回っていたせいか、当然のように眠気がやってくる。


「いつもだったらもう寝る時間か」


 眠い眼をこすりながら家に向かって歩く。

 途中、まぶしい光が俺に近付いてくることに気付いた。


「なんだ、トラックか」


 そう思うと同時にブレーキ音が響き渡る。


「は? ⋯⋯え?」


 トラックに衝突するとともに『ドンッ』という鈍い音が聞こえ、俺の体は宙を舞っていた。


「死ぬのか、俺は⋯⋯」


 俺は地面に倒れ伏すと、意識が遠のいていくことを感じる。

 まさか、自分が異世界転生のテンプレみたいな死に方をすることになるとは思いもしなかった。


 ああ⋯⋯せめて夢の中でもいいから、あの本のストーリーの続きが読みたかった⋯⋯。




 意識が薄れていく中、何か声が聞こえてくる。


「そんなにストーリーの続きが知りたいかい?」


 言葉が頭の中に直接響いてくる。


 そんなの⋯⋯知りたいに決まってる!

 俺は心の中でそう叫ぶ。


「なら招待しよう、君が求める物語の世界へ」


 ⋯⋯え?


もっとも、続きのストーリーを作るのは、君自身になるんだけどね」


 まさか、転生できるってことなのか?

 本の続きを読めない状態で、このままニート生活を続けていても暇だったし、異世界に転生できるというなら俺にこばむ理由はない。

 意識が完全に無くなる直前、道端に放り出されている店長から貰った本が突然光り始める。


「この本のおかげ⋯⋯なのか」


 本から放たれた優しい光が俺を包み込み、そこで意識が途絶えた。

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