店長からの贈り物


 仕事を辞めて1か月が経つ。


 俺は好きな本をひたすら読むことによって、ニート生活を満喫していた。

 今も丁度1冊の本を読み終え、ふと感想を漏らす。


「やっぱ異世界転生や異世界転移ものは無双するのが一番だよなあ」


 ただ、こうやって本を読んでいる中で最近思い始めたことがある。

 本ばっか読んでると肩が凝るし、好きなジャンルとはいえ少し飽きてきた。

 

 ──よし、異世界に行った時のために体でも鍛えておくか!

 異世界で役に立つことを想像しながら筋トレするとはかどるだろう。

 いや、待てよ⋯⋯冒険者になる展開なら、料理もできたほうがいいな


 ここ最近は本ばかり読み、食事をスーパーの弁当や惣菜で済ませていた俺は、ありもしない異世界での生活に備え、筋トレと料理をする習慣を取り入れるのだった。




 さらに1か月後。


 俺は毎日欠かさず読書、筋トレ、料理に取り組み、「そろそろ異世界で生活することになっても問題なさそうだ」という、充実感に満ち溢れていた。


 しかし、そんな俺には1つ懸念けねん点がある⋯⋯。


 何かと言うと⋯⋯。


 勘のいい人ならわかるだろう⋯⋯。


 そう⋯⋯。


 それは⋯⋯。


 「こんなんで本当に異世界転生か異世界転移できんのか!?」


 いや、ほら、よくビジネス書とかで、生活習慣を変えれば人生が変わるなんていわれてんじゃん。

 でもさ、異世界へ行くのに生活習慣を変えても意味ねえよなあ⋯⋯。


 転生ものだったら、よく交通事故や過労死で転生したり、自殺や誰かに殺害されて転生するパターンなんかがある。

 転移なら、クラス転移やVRMMOにログインしてそのままその世界に転移する展開なんかが主だ。

 でも、今の俺のニート生活では到底、そのような展開は考えにくい。


 くそっ⋯⋯どうすれば⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯まあ、いっか。


 考えても始まらんし、とりあえず今日もルーティンをこなそう。

 そう思考を切り替えると、いつものようにニート生活を謳歌するのだった。




 ニートになって半年が経ったある日。


「⋯⋯⋯⋯暇だ」


 ニートになって時間があるのはいいが、今の生活を始めて読みたい本を片っ端から買い込んで読んでいたため、読める本が無くなっていた。

 仕事をしていないからもちろん収入はゼロ。働いていた時の貯金で1年は問題なく生活ができると踏んでいたが、見積もりが甘かったのかあと数か月しか生活をする余裕がない。

 仕事を辞めて3か月目以降は、生活の支出を減らすため本の購入は諦め、無料で読めるネット小説を読み漁っていた。


「もう俺が好きな展開のネット小説も読み切った感があるな⋯⋯」


 盲点だった。

 ニートになって時間さえあればいくらでも本を読めると思っていたのに、金がねえ⋯⋯。

 本を読むことしか頭になかった俺は、金の問題を度外視どがいししていたのである。


「くそっ⋯⋯。他に何か読める本はなかったか?」


 あまりに暇だったため、家にある本は一通り目を通しているにもかかわらず、未読の本を探し始めた。

 部屋中を探し回った後ふと、仕事用に使用していたかばんに目を向ける。


「おっ⋯⋯そういえば!」


 本来であればもっと早く気付けたはずなのに、店長から貰った小説のことを今になってようやく思い出した。

 俺は鞄を手に取り、ガサゴソと中身を探る。


「⋯⋯よし! あった!」


 目的の本を見つけると鞄から取り出し、表紙をまじまじと見つめる。


「うん、これはなかなか期待できそうだ⋯⋯。店長、ありがとな!」


 こうして俺は、今日という暇な1日に終止符を打つ。

 

 それは同時に、この暇なニート生活に終わりを告げることとなった。

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