ニートは暇なので異世界で無双する

真城

プロローグ

ニートになることを決意する


 人は誰しも、理想と現実のギャップについて思い知らされることがあるだろう。


 俺にとってそれは仕事だった。


 大学卒業後、社会に出て書店員として働いていたが、衝撃の事実に気付いてしまった⋯⋯。


 漫画やラノベが好きで書店員になったのに⋯⋯。




 ⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。




「⋯⋯忙しくて本読めねえじゃん!」


 大学卒業後の就職を考えた時に、書店員が理想だと思っていた。

 好きな本に囲まれて働き、休日は仕事中に「面白そう」だと思った本を買い込んで、ゆっくりと読書を満喫できるであろう、と。

 

 しかし、現実は想像よりも重労働で残業も多く、休日も少ないため本を読む時間があまり取れない。その休日も、仕事の疲れで本を読む気力がほとんどかない。

 

 もちろん、俺が就職した会社が悪かった可能性は否めないが、時すでに遅し。

 

 こんな生活には、もう耐えられなかった。




「よし、仕事やめるか」




 そう決めてからの行動は早かった。


 朝出勤すると、バックヤードの事務室にいる店長の元に向かい、退職について相談する。


「店長! 自分、今月いっぱいで仕事辞めることにします!」


「急にどうしたんだ、好本よしもと⋯⋯。ここは、お前に合わなかったか?」


 少し心配そうに、店長は俺を見つめる。


 別に仕事は嫌ではなかったし、少し熱血でうざいが、何かと俺のことを気にかけてくれる店長には感謝していた。もちろん、店長がハゲデブであることもまったく気にならなかったよ、うん。


「好きな本に囲まれて働けるし、業務内容も苦ではなかったのですが、残業が多いせいで本を読める時間が少なくて⋯⋯。自分、本を読むのが生き甲斐なので、これじゃ本末転倒だなって」


「そうか⋯⋯。ラノベやコミックに詳しい好本は良い棚を作るし、おかげで売れ行きも順調だったから重宝していたんだがな⋯⋯」


「申し訳ございません⋯⋯」


「決意も固そうだし仕方ないか⋯⋯。ほら、これが退職届だ! 書いたら人事に提出しとけよー!」


「⋯⋯っ、かしこまりました!」


 こうして俺は今月いっぱいで仕事を辞めることなった。


 辞めるまでに、仕事の引き継ぎだけはしとかないとなー。




 最終出勤日。


 いつもの業務をこなし、帰り際にパートのおばちゃんや、学生アルバイトに最後の挨拶をし、出勤を終えようとしていた。

 最後に店長にも別れを告げるため、事務室の扉を開ける。


「店長⋯⋯俺、今日で最後です」


「なあ好本⋯⋯いつでも帰ってきていいんだからな?」


 店長は寂しそうに、そんなことを言い始める。


「残念ですが、期待に添えないかと⋯⋯。いままで、大変お世話になりました!」


 店長、ごめんな⋯⋯俺、もう戻らないって決めてんだ。

 挨拶も終えたことだし、その場を立ち去ろうと歩き始める。


「ちょっと待て好本⋯⋯この本を最後に渡そうと思ってたんだ。お前、こういうファンタジー系の本、好きだろ?」


 そう言って店長は、いかにも俺が好きそうな異世界ファンタジー系の表紙とタイトルの本を差し出してきた。


「いいんですか? いただいても」


「ああ⋯⋯これはおそらく、お前のためにあるような本だ、問題ない」


 少し意味深な言い回しに聞こえたが、貰えるなら貰っておこう。


「今後のお前の生活が、楽しい物であることを祈っている」


「ありがとうございます! では⋯⋯」


 店長に別れを告げ、帰路につく。




「よし! これからのニート生活、全力で楽しむか!」


 俺は仕事から解放され、これから楽しいニート生活が待っていることに期待を膨らませる。


 しかし、この時の俺は、自分が異世界へ転生することになるなんて夢にも思っていなかった。

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