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「今日の午後五時頃、■県■■市のアパートの一室で、市内の高校に通う十七歳の女子高校生が倒れているのが見つかり、その後、搬送先の病院で死亡しました。自殺とみられます」
テレビを点けたまま夕食をとっていた。父がこの場にいたら、「行儀が悪い」と一喝されて問答無用で消されてしまうのだろうけれど、ここ数年のうちに、一緒に食事することもめっきり減った。
最近はこういうの多いわね、とぼやくと、私の正面で情報端末を触っていた青年は、ゆっくりと顔を上げた。
「何よ。私、おかしいことでも言った?」
「君の高校らしい」
「……この亡くなった子の学校が?」
彼は私の問いに肯定も否定もせずに、「モネ、明日は学校休まないか」と独り言を呟くように告げた。その表情はいつになく神妙で、海のように青い双眸は私を捉えて離さない。
どうしてよと尋ねるより先に、ぶわっと全身の鳥肌が立つような、あまり心地良くない感覚がした。きっと何か私に都合が良くないことがあったのだ。誰かをいじめるような真似をした覚えはないのだけれど。
「誰が亡くなったの。私の知っている人?」
何も言うまいと渋る彼の肩を、食卓から身を乗り出して掴み、固く結ばれた彼の口が再び開くまで、十五分ほどかかっただろうか。ルカが根負けするその時まで、私は彼の肩を掴んだ手を離さなかった。
遺伝というわけではないだろうに、私たちは揃って強情なところがあった。
「……自殺した生徒は、天沢歌留多。高校二年生、十七歳」
「何言ってんの?」
冗談でもそれ全く面白くないわよ、と口にしながら動揺を笑って誤魔化す私に、彼は「だから言いたくなかったんだ」と溜息を吐いた。
その情報端末で、誰から何を得たというのか。その信頼性は如何ほどか。
関係者から得たのか? 警察? 学校の人間? それとも父から? まさか。
そうだ、これは冗談だ。ルカの不謹慎なジョークだ。そうに違いない。
ソファの上に放っていたスマートフォンを拾って、慌ててメッセージを送る。
『歌留多、今電話しても大丈夫?』
既読はなかなかつかない。
「だって、だって私、昨日、いつか一緒に星を見ようって話をしたのよ! それで、それで……」
液晶画面に浮かぶ歌留多のアイコンは私とのツーショットで、やっぱり彼女が死んだなんて銀河鉄道より現実味がなくて、夕飯時であるからスマートフォンは触っていないだろうし、きっとタイミングが悪かっただけなのだ。
諦めきれず、連絡先一覧から彼女の電話番号を探した。
コールは一度も鳴らず、留守電にも切り替わることなかった。
『お掛けになった電話番号には、おつなぎできません』
私の浅い呼吸だけが音を発している。気づけば、テレビは真っ暗になっていた。
どうして出てくれないのよ、と文句を言おうとしても、喉がカラカラに乾いて声にできず、その言葉をぶつける先もどうにも危うくて、何もできずに呆然と立ち尽くしていた。辛うじて立っていられた。
もし少しでも重心がぶれようものなら、呆気なく倒れていたと思う。
「モネ、明日は休もう」
「……嫌よ。学校には行くわ」
彼に抵抗したって何の意味もないと知っていて、それでも抵抗した。私は明日も学校に行って、いつも遅刻ギリギリで来る彼女を教室前で待たないといけないのだ。
遅かれ早かれ、じきに実名報道になるだろうな。きっと彼女の親はそうする。
ルカはどれほどの情報を持っているのか、諦めろと言わんばかりに自身の見解を私に投げかけて、それから幼児を宥めるように馬鹿みたいに優しく背中を撫でてきた。
何なんだ、この人は。天沢歌留多とろくに言葉を交わしたこともなければ、彼女の両親を知っているわけでもないのに、まるで全て把握しているようなことを言う。
真顔で淡々と人の死を告げるくせに、その瞳は悲しみそのものだった。
「……それは、あなたの経験が言っているの?」
「解釈はお好きにどうぞ」
翌朝の報道では、彼の見解通り、すでに生徒の名前が出ていた。
天沢歌留多。彼女のフルネームを、あと何度メディア媒体で目にするのだろうか。
朝の報道番組で初めて彼女の母親の顔を見た。顔を隠さず、ボイスチェンジャーも使っていない、本当にそのままの姿で、まっすぐにカメラを見ている。
カメラの向こう、液晶画面を前にこの報道を聞いている私のことを、じっと睨んでいるようだった。
「あの子はきっと悪魔に誑かされたのです」
スタジオ内で、悪魔について「歌留多さんの優しさに付け入って、いじめのようになっていたのかもしれませんね」と補足された。
――『あなたに優しい言葉をかける人は皆、あなたを善の道から蹴落とす悪魔である』っていう教えがあるんだ。
いつかの彼女の言葉が、何度も脳内を駆け巡っている。あの母親の言う『悪魔』は、きっと私のことだ。
「望音、行儀が悪い」
出勤の支度が整った父が部屋から出てきて、リビングルームを通るついでにテレビを消していった。
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