第1話 ひょいひょいメット③

 静香は子供の頃、よく一緒に遊んだ近所の幼馴染おさななじみで、昔はあどけない黒目くろめがちな瞳を、いつもクリッと輝かせて笑っていた、ように思う。

 幼い頃の記憶が曖昧あいまいになる中で、はっきりと覚えている事は、あいつが持って生まれた特徴的とくちょうてきな耳が――とがって横に突き出た耳が、色の白さや天真爛漫てんしんらんまんな明るさとあいまって、本物の妖精に見えた事だ。

 いつだったか、未来からやってきたネコ型ロボットが活躍するアニメ話になり

「未来にね、ネコが滅びて資料すらなくなっちゃう大事件が起きたと思うの」

 と、突拍子突拍子も無い事を言いだした。

「だって考えてみて、あんな色したネコはいなし、耳を付けてもネコには見えないし、手だって丸いし、肉球がないのは変だと思うの。尻尾しっぽなんて明らかにおかしいわ。ネコの要素がほとんどないの。唯一、口元だけがネコっぽいけど、犬だって、ネズミだって、リスだってあんな口をしてるもの。きっとネコに関わる大事件があったのよ」

 それを聞いた瞬間――思い込みから、見落とし続けた不整合ふせいごう指摘してきする、その聡明そうめいさにかれると同時に、いとおしくれたい気持ちで胸は一杯になった――なぜか、アイツの突き出た耳を無意識むいしきつかんだことを今でも覚えている。思うに、目の前にいる美しい妖精を逃しちゃダメだと、そう感じたんだと思う。

 それからというもの、アイツを真似まねて作ったお手製てせいの耳を、いつも付けて遊んでいた。悪意あくいはなく、純粋じゅんすいあこがれによる行動なのに、馬鹿ばかにされたと勘違かんちがいしたのか、きながらポカポカとなぐって来るアイツに困惑こんわくした事が忘れられない。それをさかいに、あどけない明るさは日を追うごとに消えて、いつもし目がちに、周囲をけるようになっていた。そして、最後には寒くも無いのに耳当てを着けて、かたくなにあの耳を隠すまでになる。隠すその姿を初めて目にした時、何故なぜかとても頭にきて、無理やりそれを取り上げようとした。がんとして抵抗ていこうするアイツを見ていると、くやしくも悲しくなり、勝手に涙があふれて来て、互いに泣きながら取っ組み合いのケンカになった。

 それがよっぽどくやしかったのだろう。アイツは空手を習い始め、それ以降、耳当てを取ろうとすると、こっちがボコボコされてしまう。負けずにこちらも空手を習い始めたが、まったく歯が立たなかった。ひらりひらりと舞う蝶のように、かろやかに間合いを制しては、こちらのあらゆる攻撃を、かわし、いなし、さばき、すかすのである。この妖精をつかまえる事は誰にもかなわず、幻影げんえい舞姫まいひめう二つ名を持つまでになる。

 勝てば耳を隠さないという条件で、十年以上も挑み続けているが、遠くおよばず負けっぱなしの日々だった。

 ――だが今回は違う。これさえあれば!

 帰宅して【新興技術しんこうぎじゅつセンター開発局かいはつきょく】から届いた荷物を紐解ひもほどくと、厚みの薄い黒いヘルメットが入っていた。眼鏡めがねしに解説される内容が本当ならば、やれる。やつをやる事が出来る。十年以上負け続けると、当初の思惑おもわくとは別に、何とか一泡吹ひとあわふかせたいという想いの方が強くなっていた。

 ――日頃の屈辱くつじょくらさでくべきか。フヒヒヒヒヒヒ。

 自然にこぼれる笑い声が、夜の闇に木霊こだましては消えていく。

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