第12話 彼氏になってくれる?
週が明けて月曜日、いつも通りの昼休み。裕美ちゃんが話しかけてくる
「ねぇねぇ、私とのデートはどうする?」
「えっ?デートするの?」
最近は緑川の存在もあり、今まで以上に積極的になっている気がする。デートに対してデートで対抗しようとするのはかわいいところだが、そもそもこっちは高校デビューも同然の身であり、クラスメイトが彼に持つイメージとは正反対の人間なのだ。
しずくや裕美ちゃんと話すのは流石に緊張することも無くなったが、緑川さんや柚木さんと話すことに慣れたわけではない。出来るだけ顔に出さないようにはしてるが
天性の陽の気を持つ2人には気後れしているのも仕方ない。
「それは酷くない?緑川さんが初めてのデートだって言うから我慢して最大限協力したんだよ。もう少しさ…私の気持ちも考えてくれてもいいんじゃ…ないかな…」
いつもなら怒って詰めてきてもおかしくはない場面で、落ち込む裕美ちゃんは珍しい。
「うーん。先週のデートが楽しかったのは秋野さんのお陰ではあるしなー。今回は私が応援するかなー」
「ほんと。緑川さん話が分かる。そこの女の子の気持ちが分からない極悪人を成敗してよ」
「成敗しちゃったらデートできないでしょ。でもさ、秋野さんはどんなとこでデートしたいの?」
先日のデートプランを考えるところから協力し、大成功を収めた裕美ちゃんと緑川さんは一段と仲が良くなっている。
「ちょっとたかちゃんと2人だけで相談していいかな…」
そう言った裕美ちゃんは一見いつも通りに見えるが、普段と様子が違う。相談に関係あることなんだろうなという予想は付いた。
「へー。私たちには言えないデートしようとしてるんだ。そんなことするんだー。邪魔しちゃおうかなー」
「そういうんじゃないよ………ちょっとお願い事があるだけだから」
明らかに裕美ちゃんのテンションが落ちてる。全員がいつもと違う雰囲気に戸惑っていると正面にいるしずくが机の下で軽くすねを蹴ってくる。顔を見ると横を向いて知らんぷりだ。しずくは自分から何かをすることが少ないが、何かをすべき時には合図だけくれる。それは言葉であったり机の下での蹴りであったりするのだが。
「わかった、わかった。話は聞きます。じゃあちょっと裕美ちゃん借りてくね。一緒に飲み物でも買いに行こうか」
これでいいんだろと立ち上がりながらしずくを見るとにこやかに手を振っている。
1階の売店へ向かって歩きながら話を聞こうと思ったが裕美ちゃんは常に半歩後ろを付いてくる。顔は廊下から外を眺めていて明らかにおかしい。
「話は聞くから横歩いてくれない?」
怒っているわけではないが、めんどくさい女の子に対してどうしていいかわからず、口調がきつくなってしまったかもしれない。
裕美ちゃんは無言で腕を組んで横に並んできたが、うつむいて目を合わせようともしない。そのまま自販機の前に着いてしまい、重苦しい雰囲気にちょっとイライラするが平静を装い、
「何がいい?」
「お茶…」
ここ最近はいつも受け身でもどうにかなっただけに、自分からはどうしていいかわからなかった。売店近くの長椅子に2人で座り、先程買ったお茶を渡す。無言である。彼はこのような時に対処するすべを持っていなかった。
「もうわかった。お願いがあるなら全部聞く。頼みがあるなら全部叶える。それでいいか?」
降参である。沈黙にも耐えられず、話を促すことも出来ず全面降伏という手段にでた。
「優しいね。ちょっと嘘つきな自分が嫌になったんだ…助けてもらって、夢もかなえてもらって…また助けてもらおうとしてる…」
「何の話?困ってるなら言えば。好きな子が悩んでいるなら力になるよ。まあ頼りないのはごめんだけど」
「また…そんなこと言う。ダメだっていったじゃん。女の子はさー、本気にするよ…信じちゃうよ…」
本当にめんどくさい。いったい何が言いたいかわからない。世の中の彼氏というやつはどうやってこういう事を切り抜けているのだろうか。クラスでは女の子に囲まれたコミュ力高い男とみられているが、ただ流されていただけの男がここにいたと深く反省する。
「まあ、あれだ、言いたくなったらでいいよ。いつでも聞くから。じゃあな!」
彼は自身の力では解決不可能と判断し、戦略的撤退を決め立ち去ろうとしたところ、制服の袖を掴まれ椅子に引き戻される。そして裕美ちゃんは何事もなかったように、しかしながら少し元気のない声で話し出す。
「あのさー、高校に入って友達ができて一緒に遊びに行ったり、学校帰りに寄り道したりするのが楽しくてさ、中学の時はまっすぐ家に帰って休日も友達と遊びに出かけるなんてあんまりなかったからさ、お母さんが最近楽しそうねって聞いてきたんだ。お母さんと学校の話とか友達の話するのも、よく考えたら初めてだったんだよね。何か心配してたんだろーなって思ったら安心させたくなって、気が合うしずくのこととかさ、美人で目立つ柚木さんのこととか、憧れるくらい女の子してる緑川さんのこととか話したんだ。それでね、たかちゃんのことも話したんだけど彼氏ができたって話しちゃったの。お母さんすっごい喜んでくれて今度家に連れてきなさいって…………ごめん。まだ彼氏じゃなかったよね?」
一気に話す裕美ちゃんを見て本人は重大なことだと考えていたんだろうが、そんなことかと安堵した。
「家に行ってお母さんに会えばいいのか?」
裕美ちゃんの顔が一気に明るくなる。
「ほんと!いいの?来てくれるの?」
「行くのはいいよ。お母さんに会うのもいい。ただ、彼氏なのって聞かれたら嘘を付くのは良くない」
「じゃぁ…彼氏になってもらうしか…」
「なんでそうなる!お母さんを喜ばせたいのはいいけど、嘘ついて喜ばせても仕方ないだろ」
「助けてくれたじゃん!優しくしてくれたじゃん!好きって言ってくれたじゃん!最後まで責任取って面倒見てよ…」
「そうじゃないよ。これはダメだ。でも最後まで面倒は見る。だから任せろよ」
「彼氏になってくれるの…」
裕美ちゃんは会話のキャッチボールが出来ない子だったのを忘れてた。そして間違いを認めるのが苦手で、謝るのはもっと苦手だ。彼女が言葉に出して『ごめん』を言うのはか弱い女の子を演出し自分を有利にするためだけだった。違うかもしれないけど。
「まあ任せろって。必ず上手くやるから」
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