第11話 負けヒロイン

 裕美ちゃんが席を立ち奥のソファー側へ今日の主役2人を誘導する。緑川さんは腕を組んだまま言われるままにソファーに腰を下ろす。

「あのさ、もう腕は組まなくていいよ。そもそもくっつくのは水族館の中だけの約束だったじゃん!」

「ラブラブじゃん。ねぇねぇ、楽しかった?聞かせなよー」

 抗議の意思を顔で表現しながら不満を全身で表現する裕美ちゃんとニコニコしながら緑川さんに顔を寄せ語りかける柚木さんが対照的だ。


「すっーーごい楽しかった。高校生になったら好きな人とこんなデートしたいなって思ってたことが全部叶った」

「全部!な、何をした。もしかして高校生にあるまじきことを…」

「うるさい!」

 裕美ちゃんの頭に隣にいた柚木さんの手刀がヒットする。


「痛っ…もうっ。とにかく見てて腹立つから、その組んだ腕は離してくれないかな。ケーキおごってあげるから」

「まだデート中だから離しません。離れませんー。ルールには街中やカフェで腕を組んではいけませんとは書いてありませんでした!」

 緑川さんから告白を受けてまだ半月程度だが、裕美ちゃんも柚木さんもしずくも遠慮することがないほどに仲がいい。


「今日は許してあげなよ。人生で1回だけある初めてのデートなんだし。10年後には忘れてるかもしれないけど、今は一番の思い出だと思うし」

 暴れる裕美ちゃんを見て柚木さんが優しいお姉さんのように諭す。

「何か、負けヒロインみたいだね」

 静かに状況を見守ってたしずくが裕美ちゃんに追い打ちをかける。その言葉は必要だったかな?

 

 『この口か、この口か』と言いながらしずくの両ほっぺをつねる裕美ちゃんを無視しつつ、柚木さんは緑川さんに話しかける。

「すっごいかわいいじゃん。服も化粧も完璧。明智くんは1日どんな反応だったかお姉さんに聞かせなさいよ」

 興味津々と言う感じで緑川さんに問いかける。緑川さんの見た目を褒めている柚木さんも私服はとんでもなくかわいい。


 デート中にファッション講義をしてくれた緑川さんが、私はフェミニン系でのぞみちゃんはガーリー系の服が好きなんだと言ってたので系統としてはガーリー系と言うのだろう。チェックの変わったデザインをしたワンピースで肩口が出てる上に丈が膝上だ。私たち見た目と服装が反対なんだと緑川さんは言ってたが確かに背が高く大人びた雰囲気で清楚な感じの柚木さんが、短めのスカートで10代向けのかわいいファッションが好きというのはギャップがすごい。10代だから別に普通なんだろうがイメージとしては緑川さん見たいな服を着てそうだっただけにやられた感はある。


 一方で秋野さんはたぶんだけど地雷系と言われるファッションだと思う。ここ数年街中でよく見かけるようになった。そんなテンプレな雰囲気がすごい。

 背が低めの彼女には似合ってると言えば似合ってる。この4人の女の子の中では一番イメージ通りだと思う。


 しずくに関しては語る要素が少ない。デフォルメされた謎の恐竜が火を吐いてる絵がプリントされたパーカーにジーンズ、スニーカーといった感じだ。この中でもっともどこに売ってるか分からないデザインだが、年頃なのでもう少し考えてもいいんじゃないだろうか?

 人のことは言えないのではあるが。


 それから緑川さんはスマホを取り出し、写真を見ながら一つづつ話をしてく。イルカショーで水が飛んできて、配布されたビニールで避けた後に抱き着いてしまったとき撮った写真とか、2人で頭をくっつけての自撮り写真とかクラゲを見ている彼の写真とかラッコと戯れる彼の写真とか、甘い解説付きで全員に披露していった。


「ああああああああああああああああっ」

 裕美ちゃんが発狂しながら頭を抱えてる。

「それでね、これがとっておきのキスの写真」

 3人の女の子がスマホ画面に頭を寄せ合う。そこにはイルカと触れ合える時間に頬にキスされた緑川さんの画像があった。

「ふざけんなし!危うくたかちゃんに上書きして全部消すとこだったじゃん!」

 さらりととんでもないことを裕美ちゃんは言う。対抗して何でも同じようにしようとするのは止めて欲しい。


「あはは、朝会ってから、今この時間まで一つも無駄な時間がなかった。ずーっと楽しかった。明智くんとみんなのお陰だね。ありがと!」

「むぅ…」

 裕美ちゃんは相手の好意に対して弱い。本当は友達の幸せを素直に喜びたいのだろうが表面上は拗ねたふりをする。


「一番嬉しかったのは、会ったときに私を見て、かわいい。付き合いたいって言ってくれたところかな」

「ドンッ!なぜ言った!!」

 裕美ちゃんが軽く台パンしながら乗り出してくる。テーブルにある飲み物に配慮できる理性はあるらしい。


「それでね、秋野さんよりもかわいいよって、魅力的だって…」

 緑川さんが両手を頬にあてながら顔を赤くしてささやく感じでいう。策士だ。敵の急所を良く知ってる。止めないとエスカレートしそうなので言う。

「それ、言ってないよね。だいぶ盛ったよね?」

「そんなことないよー。腕をおっぱいに当ててきてやわらかいねって言ってくれたし。もう、付き合ってもいいんじゃないかなー」

「ドンッ!この女、調子に乗りやがって…」


「あはははは…まこちゃんにそんなこと出来るわけないじゃん。それとも急激に大人になった?恥ずかしがり屋の女の子いなくなった?お姉さんに正直に話してごらん」

 緑川さんと裕美ちゃんの舌戦に柚木さんが割って入る。ニコニコしながらライバル心むき出しの2人を止められない彼へのアシストでもあるのだろう。

「ちぇっ…バレたか。色々頑張ったんだけど大人には成れなかったかなー。でも100点満点の初デートだったよ。最後の方は秋野さんに、いじわるしたくなっちゃって話盛った。ごめんね…」


 それからは裕美ちゃんに、緑川さんに対して言った言葉を一言一句再現させられたり、おっぱいの感触について問い詰められ、忘れろと腹パンされたり、自分も腕を組んできて感触に乏しいことを自覚し落ち込んだりとあっという間の1時間だった。


「そろそろ解散するか。せっかくだからこのプラン通りに」

 19時を少し回り、彼は楽しい時間は続けたいところだがきりが無くなりそうなので提案する。そうだけどと言いながら緑川さんが腕を組みながら話しかけてくる。

「まだ1つ…デートプランで達成してないことがあるよ。デート最後のお別れの時にするキス……駅でする?」

「そんなこと書いてない!勝手に付け足すのダメ、絶対!」

 裕美ちゃんがかなりの勢いで言うが、今日と言う日は防戦一方で分が悪そうだ。


「えー、いいじゃん。初デートでファーストキスするのが夢だったんだー。ね、ちょっとだけだから」

「却下却下却下却下!もう19時過ぎたから指一本触れないで。もう終わり!デート終わり!」

 

 緑川さんはおっとりした見かけによらず、結構つよい。特に今日は私服も相まって大人びて見えるから裕美ちゃんも必死に抵抗する。

「ハイ、帰りますー。私たちはたかちゃんを引き取って帰りますー。解散解散!」

「まあ、仕方ないか。続きは今度にしよう」

 一歩も引かない裕美ちゃんに対して緑川さんが目を見て挑発的に伝える。

「続きすんなし」

 会話は続くが、お開きにするために立ち上がる。それに合わせて全員立ち上がったところで緑川さんに引き寄せられる。

左の頬に緑川さんの唇が微かに触れ、耳元でささやいてくる


「今日のお礼…ありがと…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る