第8話 告白
時間が18時を過ぎたぐらいで解散になった。緑川さんはバスで帰るのでここでお別れで、しずくと裕美ちゃんは同じ方向なので、仲良く腕を組みながら駅の構内へ消えて行った。
本来は彼も一緒に帰るのだが、今日は数少ない友人がいるCDショップに寄るということで別れた。音楽はメタルという彼の趣味には興味を持つ人は少なかったのであっさりと先に帰るねと別れたわけだ。
そもそも、しずくも裕美ちゃんもCDとか買ったことがないのだ。彼は原盤が欲しいのでCDで買うが、恐らく彼女たちの部屋には再生機もないだろう。
たまにメタルの話をするクラスメイトの佐々木くんと店主であるお父さんと3人で音楽の話をしているときは至高の時間だ。CDショップを今だ続けているだけはあり、お父さんの音楽知識からは泉のごとく曲の情報が出てくる。
何枚かのCDを買って誰もいない店内で雑談していると俺をSNSで呼び出した人物が入ってきた。
「あれ、佐々木くんもいるんだ。2人ともCDとか買うの?」
「買うっちゃ買うけど、ここ親父がやってる店だから居るだけ。たまに手伝ったりしてるけど。それでこちらが親父」
「えっ、お父さん?…初めまして同じクラスの柚木のぞみと言います」
表情も声もよそ行きな清楚な美少女がそこにはいた。
「いやいや気にしないで。まあ息子とは仲良くしてやってよ。今日は彼氏と待ち合わせ?」
大人の空気の読まなさは異常だ。あっちの世界ではその方がいいのかもしれないが、ここは子供の国だ。いらぬ軋轢が生まれかねない。
「えっ…えぇ…すいません待ち合わせ場所に使わしてもらって」
「まあ、うちの息子じゃないわな。いつでも使っていいよ。彼はうちの数少ない常連だからな」
「なんか凄い組み合わせだな。まあまたこいよ。今度は一緒に2階でCD聞こうぜ」
お父さんも佐々木くんも自重して欲しい。でも、趣味が合う友達と言うのはいいものなのだ。そこに年齢は関係ない。
「じゃあ行こうか。ここでいい?」
連れてこられたのは先ほどのカフェだった。ちょっとお腹すいたから甘いもの食べたくなってといいつつ店に入っていく。さっき入ったといい逃した彼は再び同じものを注文する。
先程と同じ店員さんが『あれ?』て顔をしていたのは気のせいだろう。席について飲み物を口に付けると少し棘のある口調で話しかけられる。
「でさぁ、どういうことか説明してくれない?」
この女、見た目と違って大雑把だ。主語もない。さっき佐々木くんのお父さんの前にいた清楚な柚木さんを返してほしい。
「何を?」
「全部」
会話が雑すぎる。ここで自分が聞きたいことじゃなければ怒り出すタイプだろう。だから丁寧に話すことにした。
「俺の生まれは奈良で10歳の時に親の転勤でこっちに引っ越してきたんだ」
「いや、何の話?」
「全部っていうから生い立ちから行こうかと」
「誰もそんなこと聞いてない!話進まないからちゃんと真面目にして」
「………………………………………」
「人の話聞いてる?」
イライラってこんなにも表情に出るものなのだろうか。怒ってても美しさが損なわれないのは本物だと思う。
「聞いてるけど、何を話してほしいんだ。緑川さんについてなのか、裕美ちゃんについてなのか、しずくについてなのか、それとも君か?」
最後のところで少し体を跳ねさせたが、何食わぬ顔で柚木さんは話を続ける。
「うーん。秋野さんから行こうか。付き合ってないとして何であんなに距離が近いの?」
「あぁ、あれね最初はびっくりしたけどもう慣れた。何か好きな人と距離を詰めるには接触回数を増やすのが効果的だとか言って。だからわざとやってるんで嫌なら言ってくれってさ」
何かスマホで調べだす柚木さん。
「単純接触効果というやつかー。あざとい、あざとすぎる。でも別に触る必要はないわね。目に入るとか耳に入ることを接触というみたいだけど」
「そういうのがあんの?好きな人に触ったらドキドキが増えてドキドキが溢れたら相手も好きになるとか言ってたけどな」
「教室で抱きついたり、膝の上に座ったり、腕組んだりはよくない。まこちゃんの精神安定上よくない」
「そうなの?最初は色々言ってくるやつもいたけど最近はクラスの日常風景になってるかと思ってた」
「間違いなく日常だけど、まこちゃんだけは、ここ数か月は毎回、イライラしてたし、今日もこぶし握りしめてたよ」
「裕美ちゃんは言ったら余計にわざと見せつけるタイプだ。注意はやぶへびにしかならないだろう」
「想像すると両方めんどくさいなー。まこちゃんにはさっきの話教えておくしかないか」
何かメモを取ってる。いわゆる恋バナでメモ取る奴は珍しいのではないだろうか。
「じゃあ次は三森さん。最初は付き合ってると思ってたけど詳しく教えなさい。それにしずくって呼んでるわよね。まこちゃん気にするポイント、1ポイントゲットよ」
「しずくは幼馴染だよ。家が隣で親が同じ職場の友人。長男・長女でさ。2人が生まれたときに同じ場所で家も買ったから大家族みたいなもんだ」
「ずるいなー。高校からぽっと出の女の子に勝ち目無いじゃん。私は彼のこと全て知ってるってことでしょ?」
「その気になればしずくがぶっちぎりで優勝かもな。でも本人にその気がない」
「でも、その気もないのに一緒に登校して、一緒にお昼まで食べるかな…怪しい」
お前は何者なんだと心の中で思う。こいつ本当はヤバい女なんじゃないだろうかと思ったが、よく考えたら絶対恋愛強者なタイプだ。
「気を使わなくていいという人材においては俺はピカ一だからな。なんせ家から学校まで無言で隣り歩いても気にならない」
「熟年夫婦じゃないんだからさ。これは三森さん本人に聞くしかないわね」
「答え返ってくるといいな」
「他人事みたいに。腹立つー。じゃあ次はまこちゃんね…付き合いなさい」
「あのさー、柚木さんが緑川さんのことを大切に思っているのはわかった。緑川さんも同様だ。最高の親友と言っていたからな。でもそれはおせっかいが過ぎる」
「ごめん。もしかしてまこちゃん私のことで謝ったりしてた?」
「してた。のぞみちゃん私のためにって………」
「そっかー。張り切り過ぎたかも。まこちゃんさー、たぶんだけど始めてのちゃんとした恋だと思うの。だから上手くいって欲しくてやり過ぎた。ごめん」
「いつもそうやって素直なら最高にかわいいのに」
「…ちょっ…ふざけんなし。2度とそんなこと言うな」
結構照れている。顔色はあんまり変わってないが表情は凄い。根はいいやつなんだろう。
「それで…昼は何で逃げ出したんだ?」
この女は昼間に彼の気になってる相手を聞き出して、そして逃げた。指をさされた瞬間、驚いた表情をして何も言わず立ち去ったのだ。
「突然だったからびっくりしただけよ。逃げたんじゃない。一緒にいたくなかっただけ!」
「でも続きが聞きたくて、また連絡してきたんだろ。あの時聞けばよかったじゃないか」
「うるさい!うるさい!うるさい!この話は2度とするな。ここで今すぐ忘れろ。思い出すな。いい?」
友達想いでしっかりしてて、完全無欠の美人かと思ったけどポンコツな面もあり安心した。
「それと、私のことを可愛いとか、スタイルが素晴らしいとか、清楚な美人とか、天使みたいな性格とかは、まこちゃんの前では禁止」
「いや、そこまでは良く知らないし、思ってもないが」
こちらの意見は無視して柚木さんが続ける。
「私も今日のことは忘れる。明智くんのことは、ただ、まこちゃんの大切な友人としてだけ接する。仲良くはする、普通にする。好意はなしよ」
「気持ちや考えに嘘をつくのは違うだろ。かわいいと思ったのはアイドルみたいなもんだ。告白とかしたいわけじゃない」
「まこちゃんの気持ち考えてよ。私は親友の恋を応援する立場なんだけど。実は今付き合えない理由は私でしたとか無理無理無理!」
「でも、柚木さん可愛くないか?」
「ドンッ!」
それは教科書に乗せても問題ないレベルの綺麗な台パンだった。
「じゃあ!その気持ち終わらしてあげる。私に告白しなさいよ。思いっきり振ってあげるから、それで今後一切忘れて。終わった恋なら二度と蒸し返さなくて済むでしょ!」
「なるほど。確かにありかもな。振られるための告白も青春ぽいな」
「頭イカレてんじゃないの!…でも…まあいいか……」
じゃあ、と言いかけて制止される。
「ちょっと待って。場所変えましょ」
柚木さんはもう一度学校へ戻り、人気もまばらな講堂裏に彼を連れていく。
「よし、ここでいいわよ」
「シュチュエーションに意外とこだわるんだな」
「私だって女の子だし…断るために告白されるけど、一応、初めてなんで学校が理想でしょ…」
「一理あるな。俺も告白するのは初めてだからな。この行為に意味があるのかはわからんけど、けじめと言うことなら必要なのかもな」
「そ、そうね。叶わない恋だったとしても初めての告白するとか、されるとかって、しばらくの間、な、なんなら一生思い出に残るかもしれないし」
「切ない思いでか。口に出してみると恥ずかしいから、ちゃっちゃとやるか」
「一応…まじめにやりなさいよ……真剣に告白してくれたら、真剣に断ってあげるから」
「わかった。じゃあいくぞ」
一旦、後ろを向いてどう告白するか考えをまとめる。まあシンプルなのが一番だろう。
「柚木さん、好きです。付き合ってください!」
「…………っ、破壊力やばっ!」
彼女は耳まで真っ赤になって体を硬直させ後ずさる。そんな様子を見て、彼の頭の中の鈴木雅之が歌い始める。
「あのさぁ、こっちも割と恥ずかしいものあるから早くしてくれね?」
本当に恥ずかしい。世の中の高校生ってやつは毎日のように、どこかでこんなことを、やってるんだろうか?死人が出るぞこれ。
「わかってるわよ…ごめんなさい。明智くんはいい人だと思うけど、お付き合いは出来ません!!」
腰から上を90度に曲げたまま柚木さんは顔を上げなかった。顔にかかった髪を耳にかけ掬い上げる。
「ここでお別れでしょ。振られた方は一人で立ち去るものよ。明日から私はまこちゃんの恋を応援する親友だから」
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