第7話 友情
教室に戻った時、彼を見つけた緑川さんが小さく手を振る。振りかえした手を見ながらこういう青春もいいものだなと思う。柚木さんはすでに席についていて振り返って自分の席を見ると裕美ちゃんが手招きしてる。こういう青春もいいものだなと思う。
皮肉の一つでも飛んでくるのかと思ったがちょっと心配そうに裕美ちゃんが言う。
「ねぇねぇ、柚木さんと何話してきたの?彼女帰ってきたとき恐い顔してたからあんまり楽しそうじゃないけど」
「緑川さんはいい子だから付き合えばとか、どんな子が好きなんだとか色々」
嘘は付いていないが、真実には遠いとも思う。隠し事は嘘に入るんだろうか?
「余計なことを。あの女嫌い」
裕美ちゃんのつぶやきと共に先生が来て午後の授業が始まり話は打ち切られる。
ホームルームが終わり教室にも解散の空気が流れる。速攻で部活に出かけるもの、クラスの友人と雑談にふけるもの、ゆったりと帰宅していくものと様々だ。帰り支度をしていると裕美ちゃんが、椅子を下げろと手で合図をしてくる。膝の上に横に座り顔は前を向いて虚空に話しかける。
「帰りにさ駅前のカフェに寄ろうよ。しずくも行くでしょ?」
後ろの席にいるしずくにも横を向いたまま話しかける。
「別にいいけど」
しずくは素っ気ないが誘いを断ったことはない。
「放課後は我々帰宅部は無敵だからね」
「えー、いいな私も行っちゃだめ?」
小さくガッツポーズをしながら意味のない自慢をしている裕美ちゃんに対して、緑川さんが近づきながら話しかけてくる。
「部活あるんじゃないの?」
「茶道部は火曜日と金曜日しかやらないから、今日はないよ」
裕美ちゃんに答えながら輪に加わってくる。結構積極的だ。ちなみに柚木さんは弓道部だから毎日部活がある。
「ちっ!…いいよ大歓迎!!」
態度と言っていることは矛盾しているが結局4人で行くことに決まった。
緑川さんは裕美ちゃんの扱い方を覚えたようで、舌打ちに対してほっぺをつねりながらありがとうと言ってる。裕美ちゃんは自身の距離感がバグっているため、他人が距離を詰めてきても平然としている。彼女と仲良くなるにはグイグイ踏み込めばいいわけだ。わずか1日で察したかどうかわからないが、緑川さんのコミュ力はかなり高いと思える。
学校近くの駅前にあるカフェに入り、みんなで適当にドーナツを食べながら会話することになった。
「明智くん、お昼にのぞみちゃんに連れていかれたでしょ。たぶん私のこと気にしてくれて何か言ったんだと思うんだけど、悪く思わないで欲しいの」
「あの女は悪いやつだ!」
問いかけられてない裕美ちゃんが勝手に答える。これは確かにクラスからハブられても仕方ないと苦笑してしまう。
「柚木さんは何も悪いことしてないよ。緑川さんと本気で仲がいいことは伝わってきたし」
「そう言ってもらえると助かるよ。のぞみちゃんに聞いても何話したか教えてくれないしさー。何か不機嫌だったから喧嘩でもしちゃったかと思って…」
「してない、してない。緑川さんのいいところをいっぱい教えてくれただけ。まあ、多少の質問攻めにはあった気もするが」
「あっ…そうなんだ。ちょっと恥ずかしいね。その……なんて言ってた?」
「おっぱいが大きい」
裕美ちゃんが言わなくてよいことをぶっこんでくる。
「えっ…こ、これはお母さんからの遺伝で…そ、その自分ではどうしようもなくて。それに自慢にはならないよ……」
「やっぱり遺伝なんだ…私のはお母さんが悪いんだ…しずくー私のいいとこも言ってあげてー」
多分ウソ泣きだろうが、しずくの胸に頭をうずめ抱き着いている。
「緑川さんはいい子だって。本気で好きになってるから、ちゃんと見てあげろって感じかな」
柚木さんとの会話をすべて言えないのはズルい気がして気が引けるが、本人が伝えていない以上、こちらも伏せたほうがいいだろう。
「のぞみちゃんそんなこと言ったんだ…恥ずかしいよぉ……」
「緑川さんメスやん!」
緑川さんの左手が裕美ちゃんのほっぺに伸びる。
「痛い、痛い。ごめんなさい、ごめんなさい」
この2人は意外と気が合うのではないかと思う。しずくは特に発言はしないが楽しそうだ。
「じゃあ、折角だから告白までの経緯を聞いてくれるかな?」
「なんだよ。恋バナかよ……聞く聞く!」
裕美ちゃんの前半は気怠い発声からのノリノリでトーンを上げた『聞く聞く!』で笑ってしまった。
「実はねきっかけは秋野さんなの………」
彼女の話をまとめるとこうなる。最初は彼のことはしずくの彼氏というクラス共通の認識と同じでまったく意識していなかったらしい。毎日一緒に登校して、同じお弁当を食べてると知って幸せそうで羨ましいとは思ったが、どちらかというと興味があったのはしずくの方でそれでも、どんな恋愛をしているのか聞いてみたいなという程度だったそうだ。
そこで5月に入って裕美ちゃんがクラスで浮いた存在になってしまった。何か愛想笑いして周りに合わせて授業中に泣いているのを見たらしい。見てて辛くて声かけようと思ったんだけど、彼女たちは兵頭さん達とも仲が良くて、結局勇気も何にもなくて自分は偽善者だと自身を責めていたらしい。
それでも、日常は続いて我慢できなくなって声をかけようとしたところで、先に彼が声をかけてしまったらしい。
「それでさ、良かったなーって思ってたんだけど、日に日に秋野さんが元気になるの見てびっくりしちゃって。そしたら今度は明智くんに抱き着いたり、教室で膝の上に座ったまま雑談したりしてたじゃない。もっと、えっーってなって、それからかな気になり始めたのは」
さっきまで悪態をついていた裕美ちゃんがいたたまれない風で小さくなっている。
「それでね、情報収集したの。のぞみちゃんに明智くんと三森さんは付き合ってたんじゃないのかなーとか、秋野さんは何で男の子の膝の上とか座ってるのかなーとか、もしかして恋人じゃないかもーとか言ったらのぞみちゃんが聞いてきてくれて……なんかあの3人恋人関係じゃ無いらしいよってなって…」
「柚木さんはどっかの諜報機関に所属でもしてるの?」
柚木のぞみ恐るべしと思いながら聞いてみる。まあ何人かに聞けば付き合っていないというのはすぐに入る情報だろうが。
「えへへ、のぞみちゃん私に優しいから。そっからはずーっと見てたと思う。たぶん夏休みは会えなかったから4か月ぐらいかな。100回ぐらいは、のぞみちゃんに話題に出してさ、もうそんなに好きなら告っちゃえみたいに何度も言われて、でもやっぱり勇気がなくて、最終的には、またのぞみちゃんに助けてもらったんだ。今も助けてくれるし最高の親友なんだ!」
友人の話を楽しそうにする緑川さんは幸せそうだった。こういう人たちが周りから好かれてキラキラするのは理解できる気がする。
「むぅー」
裕美ちゃんは納得いかないと顔に出しながら唸っているが、否定する材料もなかったのだろう。さすがにこの2人の関係は羨ましいはずだ。
「だからさ、秋野さんには感謝してるんだ。これから改めてよろしくね」
「むぅー」
と言いながら差し出された手を取り握手をする。尊いとはこのことだろう。
「あ、あっ…の…秋野さん手いたい……」
裕美ちゃんは思いっきり緑川さんの手を握りつぶそうとしていた。さっきの尊さを返してほしい。しずくが裕美ちゃんの手にチョップをし2人は手を離した。
「もう、いじわるはしない。と、友達としても大事にする。でも敵だから!」
裕美ちゃんはぷいっと横を向きながら言うが耳まで真っ赤だ。
「ありがと。一緒に頑張ろうね。秋野さんが振られてもずっと友達だから」
つ、つよい。
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