第5話 会心の一撃
緑川さんは自分が呼び出した相手と視聴覚室にいた。どうしてこうなったんだろ。この状況をどうしたらいいんだろうと戸惑っているのが見える。
「えっと…もし…良かったら秋野さんと三森さんは少しだけ外してくれないかな。終わったら明智くんは、ちゃんと返すから」
「うそつき」
緑川さんの渾身のお願いに、しずくが抑揚のない声で返す。被せるように裕美ちゃんも言い放つ、
「うそつき。帰ってきた。たかちゃんがおっぱいで骨抜きにされて別人になってたらどうするんだ?」
「そ、そんなことしないよ。…それに……出来るわけないよ…そんなこと…」
何を想像しているのだろうか。耳まで赤くしている緑川さんの頭の中が気になる。
「こ、こ、告白するつもりなんでしょ!こんな人気のないところに呼んで…あわよくばキスぐらいまでなら一気に済ませようって思ってるんでしょ!!」
裕美ちゃんが少し震えて上ずった声でしっかりと言う。
「キスっ!そんなことまで出来ないよ…告白だけで精一杯だよ…」
本当にどうしてこうなったという戸惑いが緑川さんから見えてくるようだ。
「と、取らないでよ。たかちゃん取らないでよ。私の高校生活灰色に戻さないでよ。キラキラ組は他所で楽しくやればいいじゃん!」
裕美ちゃんは彼を物か何かと思ってそうだ。女同士の戦いは陰湿で過激だと聞くが、この場所はいたって平和に見える。緑川さんが一切感情的にはならないからか。
しかしながら、引く気はないという気合を目にみなぎらせて緑川さんも返す。
「だって秋野さんも三森さんも明智くんとは付き合ってないんでしょ?聞いたよねちゃんと?」
「告白していいかは聞かれてない!取っていいかも聞かれてない!全部ダメ!やだ!!」
「私の告白に許可はいらないと思うんだけどなー。とるも取らないも誰のものでもないと思うんだけどなー」
緑川さんと裕美ちゃんの舌戦は続く。もう無茶苦茶だと思う。これ収拾するすべが見当たらない。
「お願いだから少しだけ2人きりにさせてくれないかな」
優しくお願いしてる緑川さんマジいい人。
「やだ。2人きりにさせたら絶対ろくなことにならない。告白とかされたら意識しちゃうじゃん。ちょっとも入ってこないでよ!」
ああ本当に自己中なんだなぁ。秋野さんは相手より自分の感情を優先させてる。でも彼女の立場なら、言っていることは正しいような気もする。女の子同士のぶつかり合いを前に、彼は冷静に事態を観察することができた。他人事って素晴らしい。
緑川さんの表情は変わらず優しげだが、確実にイライラのボルテージは上がってるように見える。もうすぐ溢れるなと思ったとき視聴覚室に柚木さんが入ってきた。
「のぞみちゃん!?」
緑川さんがびっくりして問いかける。たぶん後ろの二人を殴ってでも連れて行きそうな剣幕だからだ。
「ねぇ、明智くん、ちょっとだけまこちゃんと二人きりで話してくれないかな?この2人連れて行っていい?」
柚木さんのコミュ力の高さがうかがえる。この場の主導権をだれが持っているか知っているのだ。このままだと収拾付かないことは明白なので柚木さんに乗ることにする。
「ジュースでも買ってあげてくれる?」
「わかった。じゃあ連れていくね。まこちゃん!」
柚木さんが緑川さんに見せるガッツポーズがかわいい。同性の淡い恋への協力は尊いものだ。
「いやだ。離れない。自分の大好きな人に告白されるとわかってて送り出さない。絶対、完膚なきまでに邪魔する!」
裕美ちゃんの発言は、もっともな言い分だが見た目にもイラつている柚木さんが危険なので説得することにした。
「大丈夫だから。ちょっと柚木さんと外で待ってて」
2人に対していってるが9割5分は裕美ちゃんに対してだ。そもそもしずくが来たのは裕美ちゃんが引っ張ってきたからだから。
「何でそんなこと言う↓」
力ない声だが抗議の意思を裕美ちゃんは伝えてくる。
「きっと緑川さんもここまで来るのに沢山の勇気が必要だったと思うんだ。話したいことはちゃんと聞くべきだろ」
「…わかった…いいよ…でも!約束は守ってよ。じゃあ柚木さんにジュース買ってもらって待ってる」
仕方ないという顔で裕美ちゃんは言い、少しイラっとした顔をしていたが柚木さんは2人を連れて出て行った。結局みんな友達は心配なんだ。
「ごめん。緑川さん。付いてくるのはダメだとわかってたんだけど止めれなくて」
彼は後方にある長椅子に座りながら伝える。
「…いいよ。秋野さんって言いだしたら断れそうにないし。もうばれちゃったから伝えようと思うんだけど出来れば立ってくれると嬉しいかな」
横並びに座っての告白とかも風情があっていいと思うのだがそういうタイプではないらしい。しかし改めて見ると緑川さんは、言葉もしぐさも表情も全てが柔らかい印象を受ける。ザ・女の子って感じだ。裕美ちゃんが気にしてたが、柔らかい雰囲気の中にとんでもないサイズのおっぱいという凶器も隠し持っている。完璧だった。
「あの…もう一度確認しとくけど、秋野さんとは付き合ってないんだよね?」
「付き合ってないよ」
ホッとした表情で胸の前で右と左の手を握りこんでる。緊張してるんだろうなーとこちらも緊張する。
「私ね、緑川真琴っていいます」
「知ってる」
「あはっ、嬉しい…その…挨拶ぐらいでしかしゃべったことなくて…もっとお話ししたいなと思ってたんだけど隙もなくて……というかいつも三森さんと秋野さん…が側にいて…声を掛けることも出来なくて……でも、もっと明智くんを知りたいと思って声を掛けたんだ…もし……良かったら付き合ってもらえません…か?」
申し訳ないが裕美ちゃんとは段違いの破壊力がある。
「ありがとう。そう思ってもらえるのは凄くうれしい」
緑川さんの顔が明るくなる。女の子は笑顔になると2段階ぐらい顔面レベルが上がるもんだなと感心する。
「じ、じゃあ、付き合ってくれる…彼女にしてくれる?」
「さすがにそれは急ぎすぎじゃない…僕は君の名前と顔しか知らない。クラスが同じだけど会話した記憶がない。これから知ってくと言うことでどう?」
一瞬で笑顔が消えたけど、それほどがっかりな感じでもない。
「やっぱりそうだよね。ごめんなさい……舞い上がってて彼女になれたら嬉しいなとか考えてたら告白しなきゃとかになって暴走気味だった。でも……ちゃんと伝えられた。聞いてもらえた。嬉しかった。ありがとう……じゃあさ…明日から一緒にお昼ご飯食べてもいい?」
「喜んで。だけどあの2人とも仲良くしてあげてね」
「もちろんだよ。明智くんさ、秋野さんがクラスで浮いてた時声かけてあげてたよね。私勇気がなくて凄いなって見てたんだ」
「秋野さんはいい子だよ。ちょっとズレてるから色々おおらかな気持ちでいてくれると助かる」
「今日以上に困ったことはされないでしょ。それに明日からはお友達になるし。あんまりみんなを待たせたら悪いから今日は終わりにするね。本当にありがとう。それとこれからよろしくね。彼女にしたいって思わせるね」
本当にかわいい。
そして、何かを思い出したように緑川さんが問いかけてくる。
「ひとつだけ。ちょっとだけ座ってくれるかな?」
「いいよ。」
緑川さんが隣に座る。意外と距離が近い。
「本当はね、今日彼氏ができたらね、一つやりたいことがあったんだ…いいかな?」
「出来ることなら」
寄りかかって肩に頭をのせてくる。
「あははっ、夢が一つ叶ったよ。高校生活最高、えへへ」
もしこれが『あざとさ』というなら、『あざとい』は正義だろう。
「いい夢だね。高校生っぽい」
「でしょー。彼氏ができたらこうしたかったんだ。まだ彼氏にはなってもらってないけど、頑張った自分へのご褒美!」
「ご褒美、俺があげるんだ。」
「明智くんよろしくね。今日は寝れるかなー。これから楽しみだなー」
「こちらこそよろしく。じゃあお互い待たせてる人いるからそろそろ行こうか」
「そうだね。のぞみちゃんに報告しなきゃ。でもあと1分だけこのままお願いします」
結局5分後に我々は席を立ち、それぞれの待ち人の元へ合流した。
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