第3話 秋野裕美
秋野裕美と出会ったのは高校に入学して同じクラスになったからだ。同じ中学からは6人程度が一緒に進学して来たが知り合いはしずくだけだった。彼女と同じクラスになり、ボッチ回避が決定しホッとしていたが、思ったより高校という世間は彼にやさしく、多くのクラスメイトが普通に話しかけてきた。一緒に学校外で遊ぶほどではないが校内で疎外感を感じることもなかった。
彼の高校生活は、クラスで友人と言える程度の仲になった人間が数人はいるという素晴らしい滑り出しだった。特にメタル音楽が好きな彼には同好の士と呼べる存在が大きかった。
その男は佐々木と言って父親が学校最寄りの駅前で中古のレコードやCDを取り扱う店をやっていた。佐々木とその父親の知識量はハンパなく暇があればお店に行って好きに音楽談議ができた。これだけで高校に進学した甲斐があったというものだ。
三森しずくはあまりしゃべるタイプではなく一人でいることが多かったが、気にしてる風もなくいつも淡々としていた。しかし毎朝の登校が一緒だったため勝手に恋人としてクラスで認識されお互いに目立つタイプでは無いのに目立っていた。
数名のクラスメートから付き合っているのかとお互いに聞かれたが俺は
「違うよ」
と答え、しずくは
「別に」
と答えていた。そのくせ、いつも登校は一緒だから、何となく『そういうことね』とクラスではこの関係に触れる人も減っていったのだ。
4月が過ぎ、GWも終わってクラスのグループ構成が大体決まるころ、数名がクラスの仲間に馴染むことが出来なかった。コミュ障っぽい片桐さんとアタオカ女と呼ばれている秋野さんだった。
片桐さんは慣れているのだろうか別に気にしている感じでもなく一人で昼食を食べ本を読んでいた。周りの女の子が気を使い食事のグループに誘ったりしていたが、やんわり断っていた。1人が好きとの話だが真相は分からない。
秋野さんはどちらかと言えば積極的にグループに入ろうとしていたように見えるが、ことごとく失敗していた。俗に空気が読めないというが、これほどテンプレで空気が読めない人物もそうはいない。
『会話のキャッチボールが出来ない』
『スルーするべき相手のちょっとした失敗に切り込む』
『自己中心的』
『意見を曲げず主張が強い』
うわさに聞いた秋野さんの評価をまとめると以上だ。そしてついたあだ名はアタオカ女。特にクラスの中心であるギャルグループから蛇蝎のごとく嫌われており天敵認定されている。
それでも秋野さんは天真爛漫に話してるギャルグループに対して果敢に、
「なになに」
とか言って、話に割って入ろうとしたのだが、その中の一人で明るい髪色の一重の割にかわいい顔をした兵頭さんが癇に障ったのだろう。
「近づいてくんな」
と心無い一言をクラスの中で放ってしまったこともあり、彼女の立ち位置は決まってしまった。陰キャに優しいギャルというのは都市伝説なのだ。
秋野さんはちょっと涙目にも見えたが薄ら笑いを浮かべて、
「ごめんね」
と言いながら自分の席に戻り、それ以降彼女に積極的に話すクラスの仲間はいなくなり、きょろきょろしては下を向きちょっと物悲しいボッチが誕生して今に至る。
彼のお昼はお弁当だった。クラスの友人たちが囃し立てたこともあるように2人のお弁当の中身はいつも同じだった。大きさは倍ぐらい違うが、卵焼きの色は同じであり、ポテトサラダ、冷凍のコロッケ、唐揚げやおにぎりの形も一緒だった。
机を囲んで共にお昼を食べたことある全員に、
「何で?」
と、同じ質問をされるので、面倒になって今は常に二人で食べている。
もうどうせ色々噂になっているし気にしなくなり、クラスのみんなは公認カップルみたいな扱いなので、変なちょっかいはかけてこない。本来属性的にはボッチであるはずのしずくがクラスの中では彼氏持ちの進んだ女の子として空気になってないのは怪我の功名だろう。本人の意思は分からないが。
しずくは自己主張を強くすることはない。めったにないのだがその日は珍しく言ってきた。
「彼女寂しそうだね。誘ってあげたら。」
目線の先には秋野がいた。
「珍しいな」
と暗に理由を言えとばかりに問いかけてみたが、
「別に2人で食べててもしゃべることないし」
と現在の状況を全否定してくる有様だ。しかしながらしずくは、提案したからと言って自分で動くわけではなく、あんた誘ってきなさいよと静かに目でうったえてくる。
詳しい動機は分からないが人にやさしくすることは悪いことではない。そしてここ1か月ぐらいで秋野さんが学校やクラスで所属意識をもって行動していることは確実だ。孤独を経験したことがある我々にはあの辛さが若干だがわかる。
恐らく彼女はボッチは避けたいと思っている。この2人のグループに入りたいわけではないだろうが。そして彼は秋野さんに声を掛け、昼休みを共にする3人グループが出来上がった。
最初は怪訝そうな感じで遠慮がちだった秋野さんも、友人として普通に接する我々にどんどん好意的になった。
『付き合ってるのか?』
『なぜお弁当が同じなのか?』
やっぱり聞かれてしずくは普通に事実を答えていた。
『付き合っていない』
と、家が隣で親が同じ会社で友人どうしだと。だからお弁当は交互にお母さん達が作る。1人分も2人分も手間は変わらないが各家庭で一日交代でいいから親が楽できる。普通に合理的な話だった。そしてボッチ属性を持つ二人の女の子は緩やかな友人関係となった。
人の仲というのは調子がよい時には雪だるまのように転がり親密度が増していく。2人の学校でのスキンシップは増え、休みの日には女の子2人で出かけることもあった。トイレに行くにも腕を組んでいく始末だ。一方的に秋野さんが接触していることに目をつぶれば、本当に仲の良い友人に見えた。
ガールズトークには男は邪魔らしい。普段は普通に雑談をしているし、クラスではカップル+1の高校生らしい普通のグループとして認識されていた。
それが7月ぐらいになると女の子2人の密談が増えた。別に仲間外れにされることは無いが、2人が消えて何かしてるのは分かった。まあ友人が出来て報連相がはかどるのだろう。楽しそうで何よりだ。
人のことは言えないが高校生になってしずくに友達ができるかは心配だった。もちろん彼は親しい友人のつもりだが、思春期に必要なのは相談できる同性の友達だと思う。
そして1学期の終業式。終わったら3人でちょっと街に出かけようという話になりOKをした。しずくはいつも登校が一緒で集合も連れだって行くとつまらないから3人で待ち合わせをしようと提案してきた。
これが思春期かと思ったが、別に気にもせず3人別々に待ち合わせ場所に向かうことになった。学校帰りに少し駅前の本屋で時間をつぶし、待ち合わせ場所に3分遅れて到着した彼を待っていたのは、たぶん買ったばかりの服をはじめて着たであろう秋野だった。
服に着られてるという表現はこういう時に使うのであろう。高校とは勉強になることばかりだ。
女性の服は褒めるべしとの格言に従って、雰囲気違うね。かわいいと思うなどという会話をしていると待ち合わせ時間から10分ぐらいが経過した。
「しずく遅いな。あんま時間に遅れるタイプじゃないんだけど」
と言うと、少し申し訳ないという顔をしながら秋野が言う。
「ごめんね。しずくちゃん来ないんだ」
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