第2話 開戦前夜
昼休みの教室というのは絵にかいたような雑踏を形成する。多くの学生が好き勝手に話しているのだが、他人の話は全く頭に入らないものだ。聞いてないからだ。その分、自身に放たれた言葉というのは研ぎ澄まされた矢のように向かってくる。
『秋野さんやしずくと付き合っているのか?』
今までも多くの同級生から何度も聞かれた言葉だが、気になるのは言葉ではなく動機だ。いや、本当はそこまで頭が回っていないんだが、聞かれた相手を見ていると何故そのようなことを聞くのか気になる。ただ彼の嘘を付かないという決意は無意識でも働くレベルで聞かれたことに答える。
「付き合ってない」
「じゃあ、三森さんと付き合っているの?」
「付き合ってない」
「じゃあどういう関係?」
柚木さんが怪訝そうな顔で2度聞いてきた。根拠が明確な関係-兄弟や妻や子。従姉妹や親なら証明できるが、友人や親友は自称でいいんだろうか?そんなこんなで無難な回答を選ぶ。
「友達」
「未来の彼女」
「……………」
3人ハモった。正確には2人だが、もう一人は多分心の中でなんか言ってる。
「ほらね」
と聞こえるように言い放ち、勝ち誇った顔を緑川さんに向ける柚木さんと後ろに隠れつつ小さくガッツポーズをする緑川さんがいた。
「よしっ」
声は聞こえないが緑川さんは明らかに言ってるように見えた。
高校生らしい青春のキラキラした光を放ちまくる二人に気圧され秋野さんがしがみついてくる。不穏な空気を感じ取っているのだろう。恐らくだがこのやり取りが何を意味するのかは、さすがの陰キャ集団の我々でも理解できる。ただ自分には縁がないと思っていただけだ。
そして高校生活では良く起きるイベントの予感がする。今の関係を大切にしている2人の女の子にはピンチとして認識され不安な顔をしているが、明らかなカースト上位の存在に委縮して何も言えないでいる。まあ、しずくはどちらかというと余裕でニヤニヤしてるのではあるが、秋野は本気で怯えて抱き着いてくる。わかりやすい防衛本能だ。
「最近は彼女でなくても抱き着いたりするもんなの?」
柚木さんという女の子は強い。質問しているようだが完全に牽制に入っている。
「……未来の彼女…」
いつもは天真爛漫を絵にかいたような秋野さんがボソッと言い返す。しかし彼女の言うことは気にしても仕方ないという感じで柚木さんは一歩下がり緑川さんの背中を押す。
天然の陽の気を放つ女の子が少し恥ずかしがりながらではあるが、強い意志を持って話しかけてくる破壊力は凄まじいものがある。いつも陽の者っぽい行動をしている秋野さんが一瞬で格の違いを認識し、抱き着いたまま体を滑らし後ろへ逃げる。それでも威嚇する子犬のように目は緑川さんから離さない
「放課後に話したいことがあるの。いいかな?」
と見た目は落ち着いているが目を潤ませながら緑川さんは言葉を紡ぐ。秋野さんの腰に回された手に力が入り防御の意志を示すが発言はない。放課後に場所は西館の視聴覚室に決まりその場は解散となる。
警戒心と緊張で疲れた表情とちょっと落ち込んだトーンで秋野さんは話す。
「なんか緑川さんには私たちの存在が見えてない感じだった」
「人って見たいものしか見ないから。存在して欲しくないものは見えない」
しずくは秋野さんの疑問に華麗なるスパイクを決めて心を砕きに行く。
「見たくないもの、存在して欲しくないものってなに?」
「そりゃ、同じ男の子を好きな別の女の子でしょ」
再び秋野さんの疑問に淡々と答えるしずく。まるで鋭利なナイフのような言葉だ。
「存在してるし、見ろよ。最悪ー。明智くんは何で行くって言ったし?」
秋野さんの怒りの矛先がこちらに向いてくる。普段はたかちゃんと呼んでいるが抗議の意思を込めて苗字呼びなのだろうか。しかし声は力強いが不安は隠せておらず若干声が震えてる。とぼけても仕方がないので彼は素直に答えることにした。
「話は聞いてあげたほうがいいと思った」
「そりゃそうだけどさ。私だって告白すら聞いてもらえなかったらショック受けるけどさ。ほんと最悪ー」
「別に告白と決まったわけじゃないだろ?」
「決まってる!」
鋭く力強い秋野さんの声とダウナーな感じの淡々としたしずくの声がハモった。陰キャというのは他人の感情には敏感なものだ。恐らく彼女たちの予想は正しいのだろう。
しずくは静観という言葉が似あう女の子で黙ってこっちを見ているが、秋野さんは対照的に積極的な怒りを表してくる。両手を拳にして自分の頭の上に持っていきながら
「ぷん! ぷん!」
と言っている。これをやることによって怒っているという意思表示と女の子らしいかわいさを相手に伝えることが出来ると尊敬するお母さんに教えてもらったらしい。このしぐさはお決まりでたびたび出てくるのだが、クラスの女の子からはすこぶる評判が悪かった。恐らく黒歴史というものはこうやって作られていくのだ。
残りの昼休みに秋野さんとしずくは作戦会議と称した告白破壊作戦を話し合ったらしい。嫌な予感しかしない。そして放課後になり待ち合わせの視聴覚室へ行く。
「これはどういうことなのかな、明智くん?」
そりゃそう言うだろ。告白の場には相応しくない状況を見て緑川さんが至極まっとうな質問をしてくる。
彼の後ろには右と左から体の半分を出してのぞき込む秋野さんとしずくがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます