第23話 悪魔

「それにしても、さっきの部屋は暑かったなー。」

「あの魔物、このダンジョンができてからずっと燃えていたんだものね。」

などと暢気な感想を述べながら、さらに下層を目指す。この調子だと、百層まであってもおかしくはない。

ダンジョンにはいくつかのサイズ分けがある。二十五層、五十層、七十五層、そして百層だ。現在百層を超えるダンジョンは発見されていない。古いものほど層が多い傾向にあるので、このダンジョンが百層の可能性がある可能性はかなり高かった。

そして当然、下層に行くほどレアなアイテムも増えていく。五十層の死神の鎌がオリハルコン製だったので、売れば百万コルはくだらない。

因みにコルとはこの世界における通貨のことだ。オムライスが二百コルくらいなので、一コル五円ほどだろうか。

道中で出会う雑魚モンスターのドロップ品も下層では上質なものとなるので、ダンジョンを攻略するだけで小金持ちになれるのだ。

 八十層のボスは、黄金の鎧を纏ったアンデッドだった。兜を魔弾で粉砕し、アリスの炎の剣で難なく倒せた。本当は兜も回収したかったのだが、鎧を無傷で手に入れられただけでも良しとしよう。

「おかしいわ。どうしてこんなに魔物と会わないの?」

言われてみれば八十層以降、一体もモンスターと遭遇していない。あっという間に八十五層にたどり着いたオレたちが見たのは、ボスがいない部屋の光景だった。

「ボスモンスターはどこに行った?透明化のスキルか?」

「違うわ、モンスターの気配がない。いないのよ。」

おかしい。ボス部屋には必ず番人がいる。上層のボスはみな生きていた(アンデッドだが)ことから、誰かが攻略したということはない。なぞを解明すべく百層を目指す。

 相変わらずモンスターのいないダンジョンを進み、百層のボス部屋にたどり着いた。

「大きな気配がこの先にいるな。きっとコイツのせいで他の魔物がみんなダウンしたんだろう。アリス、行けるか?」

「キミがいるから平気。行きましょ、ソラト。」

頷きあい、重い扉をゆっくりと開く。部屋の中から魔力と気配が漏れ出してくる。

中にあったのは、いくつもの鎖に縛られたミイラだった。鎖には、退魔陣の文様が彫られていたが、鎖から力は感じられない。封印が解けようとしているのだ。

部屋に踏み込むと、鎖が次々に切れていく。体を支える最後の鎖が切れたが、ミイラは倒れなかった。肌はハリを取り戻していき、放つ気配も大きくなる。

背にはコウモリのような黒い翼。溢れる邪悪な気配。知識ではなく本能で悟った。

「悪魔...」

悪魔はゆっくりと目を開き、言葉を放つ。

「この時代では祓魔師エクソシスト達も弱くなっているようですし、文字通り羽を伸ばして過ごせそうですね。」

魔物とは思えない流暢な人語、目覚めたばかりだというのに大陸全体を感知できるほどの魔力探知。最上位クラスの悪魔だろう。

「まさか、アークデーモン!?このクラスはすべて神代に倒されているはずよ!?」

叫んだのはアリスだ。

「おや、そこの女性。ぜひ私に魔力を恵んでいただきたい。なんせ数百年ぶりの目覚めなものでして。」

「魔力が欲しいなら、お前が寝てる間に垂れ流してたのを回収しろよ。粗相の片づけくらい自分でやりな。」

「...木偶人形かと思っていましたが、なかなか言ってくれるではないですか。おもしろい、ウォームアップ代わりにはちょうどいい。」

「ダメよ、逃げようソラト!私たちではどうにもできない!」

「あいつ曰く、この世界には対抗できる奴はいない。でもオレたちがやるしかないんだ!ここであいつを祓う!」

アリスを部屋の外に突き飛ばし、扉を閉める。

千里の魔眼ラプラスの悪魔、全開。魔弾の威力は百パーセント。

がしり!と扉が音を立てて閉まると同時に魔弾を掃射する。悪魔は魔法陣を宙に描き、魔弾をやすやすと防御する。

「魔法勝負と行こうぜ!」

「いいでしょう。焼き尽くして差し上げる!」

悪魔の背後に火の玉がいくつも生成され、不規則な動きで飛んでくる。魔眼で予知していたオレは、危なげなく回避して反撃。バレルに硬化を付与して何本か飛ばすが、空中で溶かされた。物理攻撃は無効化されるといっていいだろう。

悪魔の足元にこっそり生成していた火薬を起爆し不意打ちを狙うが、出力が足りず軽いやけど程度になった。

「ハハハ、惜しい惜しい。」

矢のように成形された炎が飛んでくる。間一髪ジャンプで回避し、足元の地面が矢で抉られる。その瞬間悪魔が笑う。ヤツはもう一本矢を用意していた。回避できずにオレは両腕を負傷する。

「魔法勝負は私の勝ちだ!死ね!」

先ほど以上の炎を纏った腕を構え、オレに突進してくる。だが、オレはこの時を待っていた。

女神の護りアイギス!」

光の盾と悪魔の腕が触れた瞬間、悪魔の腕が灰へと変わっていく。

「なぁぁぁにいっっっっ!!!」

悪魔の顔が苦しみでゆがむ。

神性は悪魔の天敵だ。しかし、うかつにアイギスを見せれば、遠距離特化のオレではあいつに近づけない。だからあちらから来るように誘ったのだ。

「知恵比べではオレの勝ちだな、コウモリ野郎。」

再度アイギスを展開し、右ストレートを顔面に叩き込む。頬が砕け、そのままアークデーモンは消滅した。


「もうっ!心配させて!」

「ご、ごめん。でもあいつ、アリスを狙ってたみたいだし。」

「そんなの関係ないよ!ほら、治すから腕出して!」

「アリスの命に比べたら、オレの腕くらい安いもんだよ、いてててて!!」

「格好つけないの!」

イレギュラーなダンジョン攻略は幕を閉じた。

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