第29話 璋子昇天

そのうちの2組、すなわち魂と現象の西行と璋子が追い駆けごっこを始めた。法衣の2人は逃げ、俗衣の2人が追うのだがその2組の距離は縮まりそうでなかなか縮まらない。まるで永遠の追っかけっこをしているようにも見える。「かの景こそ阿漕の浦の姿なれ」と西行が云う。「璋子様、哀れの景なれば、いかが、我ら上がりて繋がばやと覚えはべるを」「さはいかに」のやりとりのあと、2人の身は上空にあがり、たちまち俗衣の西行と璋子に追いついて、慈愛のなかにそれを融合させながら、更に上なる魂の2人を追い始めた。かの浄光の一点が神々しくまばゆく、みるみる近づき、ひろがって来る。前の2人はその中に逃げた。時空の失せた、今がすべての原初の世界が今や眼の前だ。「いかに璋子様」最後の西行の言葉に「えも云われぬ!おお、神よ、仏よ、み光よ!われを許したまえ。夫(つま)を、皇子らを許したまえ。堀河を…やしないたまえ」と璋子はみそぎつつ「法師様、西行様、いずこへ…」と今はかききえた西行の姿を、結んでいた手を追い求めた。返事のかわりに皇子たちの声が聞こえる。生まれかわった自分の声がする。今生の失敗をみそがんとする未来世の乙女の姿が、見える!「こんどこそ、こんどこそ…」と決意する璋子の耳に、いや魂に「われはともにあり。君のまわりいっさいこれすべて我なり。永久に御随行つかまつるべし」なる言葉が、いや西行の魂の波動が伝わって来た。妻春子を、娘花子をないがしろにしたおのれなど、今後いっさい転生かなわずとする法師の、利他そのものに変じた魂の波動が…。

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