第26話 魔性の蛇

彼の声に向かっては「斯く宮をたばかるとはなにごとぞ。汝、魔性のもの、疾く去れ!」と大音声で云い渡す。するといかなるあやかしのわざか、6つの業火が横に走ってそれぞれがつながり、ついで西行と璋子のまわりをゆっくりと廻り始めた。その一か所から強く炎が立ったと見るや火の輪全体が異形のものへと変わって行く。すなわち炎の輪がとぐろとなり、立った炎がかまくびとなって、挙句胴回り3尺はあろうかという大蛇へと変じた。その口から瘴気を放ちつつ「あなかま。痴れ者が魔性と云うぞ。我こそはナーガ、古(いにしえ)ゆ神にして三界そのものなり。我を離れていづちへ行くべくもあらず。汝中宮璋子、かくいやしき者に沿うは笑止なり。汝がむつび馴れにし白河、鳥羽も、汝が皇子らも、なべてわがうちにこそ住まうなれ。生死の輪廻は我にあればなり」などとたくみに人語をあやつってみせる。それへ「どの面(つら)さげて、またいかなる身体をもちて神とは云うぞ。生死輪廻などと、ともに笑止なり。六道輪廻ならん。六道の蛇よ、もののけの分際で人をたばかるとは許さるまじ」と云って西行は一語だにかえりみない。「うぬが、義清が!法師づらさげてよくも云いたり。人の妻を、まいて中宮を、身の程も知らず寝取るとは義も仁も知らぬやつ。その折りの呆けたる様、いま目の前で見せてくれようか!?」などと大蛇は云い、瘴気を高めつつ口から火を吐いた。さらにとぐろを内に閉めたかとみるや西行はともかく璋子が火にまどい、その身を苦しげによじらすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る