第25話 今度こそ引導を…
「堀河!あわれ…やな」自分につかえきってくれた堀河、その老後の行く末を思えばこらえきれず涙の堰を切る璋子。いまはすっかり人の本懐に返り、六道の蛇の影などあとかたもない。ここぞとばかり西行が「上皇、堀河女御のこと、いずれも必ず拙僧が引導つかまつるほどに今は心置きなく、あれなる御国へと昇り参らせたまえ。いざ、璋子様、御昇天随行つかまつります!」と、かって若かりしとき頼まれながらも果せなかった引導をわたせる嬉しさに、勇躍西方浄土へと璋子をいざなった。見れば確かに西方の上空の一点、まばゆいばかりの光があらわれ、そこからはえも云われぬ芳香と、おだやかで絶妙なる楽の音が、七色の虹となって響きわたってくるのだった。なんとも云えぬ懐旧と故郷へ帰るがごとき思慕が璋子の胸をおそいくる。文字どおり引き寄せられるがごとく西行とともに身が浮き上がったと思われた刹那「あじなきや、子らを見捨てて行く人かな」という決めつけるような男の太い声が璋子の耳をついた。続いて足下の6つの業火より「おたあ様」「はは君様」という幼子から成人にいたる我子と思しきそれぞれの声がつたわって来た。稚児のままに逝かせた二宮はじめ皇子皇女らが業火の主と知れるや「通仁!君仁!」と、たちまち半狂乱のさまで闇に、地にもどる璋子であった。是非もなし西行も降り来たっては璋子の耳元で「こはあやかしなり。無垢なる稚児のそも業に堕すべきや。禧子内親王様はすでに御昇天なされ、崇徳様はじめ宮様がたらはなお現(うつ)しにおわすなり。み心をもののけに煩わせ給うな」と力強く告げてその狂乱をしずめるのだった。
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