第22話 璋子に切りかかる陵王

自分であってないような、恰も何者かに誘導され、乗っ取られるような気さえもする。一瞬危惧の念を覚えたときさらなる快事がこれを掻き消した。なんと夫、鳥羽が、上空から自分に手を差し伸べている。得子ではなく自分に、この璋子に!…満面に笑みを浮かべては檜扇を下に放り投げ、こちらも両手をさしのべつつ璋子が急ぎ夫のもとに寄って行く。天女の羽衣のように開いた檜扇がひらひらと舞って落ちて行くのを受け止めた者がいる。ひとしきり鳴った竜笛がこのとき止んだ。

「六道の蛇やある。六道の蛇やある」と大音声に連呼しつつ、恐ろしげな陵王(りょうおう)の仮面をつけた男が舞台へと上がってきた。左手で受けた檜扇をゆっくりとふりながら、右手に抜き身の大剣をふりかざしつつ璋子のまわりをゆうゆうと廻り始めた。いつの間にか丑寅の中空から降りて舞台の上に立っている自分を璋子が確認する。公達らも元の席にもどっていた。いきなりの狼藉ものの乱入に「あれは誰ぞ」と悲鳴に近い声で璋子が糾弾したが誰ひとり取り押さえようとするものがいない。勇猛なる北面の武士たちでさえ恐ろしげに陵王を注視しているばかり、刀の柄に手をかけるものもいなかった。陵王ひとりに皆がいすくめられているようだ。璋子の十二単が生きもののようにざわつき、その着付けがひとりでにゆるんだと見えたとき、掛け声もろとも陵王が璋子に打ちかかった。「ものに狂うか!」璋子が絶叫し床に倒れ込む。どす黒い血がみるみる流れ出したが璋子のものではない。十二単がひとりでに脱げていき床に落ちてひとかたまりとなり更に変形した。

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