第21話 にっくき得子め

璋子の胸に昇り竜のごとくだったかっての栄華がよみがえる。花のさかりの絢爛にめくるめく、まさに「少女子(おとめご)がおとめさびする」ような日々に終始していた、その悦楽がよみがえり来たったのである。ここにいるすべての者たちの視線を感じる。誰か満開の花をめでざるや、望月を仰がざるや、その目に応じてこそ我はありなむを…とする賛美のまとであればこその充実、人へのやさしさや、おもいやりが、またその自分をいささかでも与えたときの人の喜びなどが思い出された。はたして我はあまつおとめか…しかしそのとき一陣の‘散らす風’が心に吹いた。目が得子の姿を追い求めている。夫鳥羽の傍らに忌々しくも皇后として座している、その得子のくやしそうな様子が目に入ったとき、あまつおとめは地に落ちた。自分のみを目で追う夫の姿におのが栄華の再来を確信した璋子の顔に快心の笑みが浮かぶ。あまつおとめならぬ、その六道の天界の心に応じるように、この時身を包む十二単が生きもののように璋子の身でざわついた。ついで不可思議な感覚が身に襲い来る。中空の、丑寅の方向に目が引き寄せられると思いきや、何と一座の公達らが皆その中空へと上って行き、そちらから自分においでおいでをしているように感じられた。地に墜ちたあまつおとめどころか、逆に十二単が羽衣のようになって我が身をも上へと昇らせて行く。下を見ればそこには得子ひとりだけが取り残されていた。その得子をさして一座とともにさんざんに嘲笑するのだが、はて、ここ10余年来の我恨み辛みを一気に晴らすようなこの椿事快事の出来を、空中浮遊ともども一向に不思議と思はぬ自分が璋子にはどこかで解せないでいた。

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