第11話 雲間の月を袂の内に
しかしそれならば義清おまえこそ、余人が思うことさえ禁じていた阿漕の浦を、現実に仕出かしてしまったのではないかと人から云われそうである。確かにそうなのだがしかし義清にはうまくは云えなかったがこれをして一大謀反、おのが性欲からの大失態だったとはどうしても思えなかった。「知らざりき雲居のよそに見し月の影を袂に宿すべしとは」とみずから詠んだごとく、璋子は自分にとっては中空にかかる月で、とどかぬもの、いわば天女、あまつおとめだったのである。その天女とうつつにまじわるとはどういうことか、男として、いやあえて云えば求道者として義清は稀有の体験をしてみたかったのだ。天女と人間の睦み、あこがれ(=理想)と現実の合体とはどういうものか、それを確かめたかった。まして宮中における璋子への非難に義憤を感じていた身であれば、禁断の浦であったとしても密漁するに躊躇はなかった。ほかならぬその伊勢の奥院からいっときの鑑札を与えられた身であれば、である。しかしその折りはからずもそのあまつおとめから、我が身義清への同様の思いを聞かされるとは、これは意外中の意外だった。文部両道の、若き北面の武士へのつまみ食いの思いもあったのだろうが、厭世と求道に非凡なものを常々義清に見て居、これとの肉体による合一を、いわば師弟の契りを得たかったと璋子はその折り云ったのだった。蓋しこれはまさに義清の思いともども‘はたやはた’である。はたやはた、肉体による法との提携は成就され、性愛と求道、引いては地上と天上の疎通はなされるものだろうか。
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