第8話 中宮の御髪

 みずからの領地田仲庄の館に帰って文袋の紐を解く。そこには括られた中宮の御髪と心付けが、そして桜模様の浮かび上がった唐紙が入っていた。御歌が認められている。「うつろいの花こそ散りね散るならば西方行きて花においせむ」。あさましや出家後の妻子への扶養はともかく、みずからへの扶持さえも万端怠りなく備(しつら)えた我が身など、死を覚悟したかのような中宮様の御歌から見れば、まこと遊びごとごつ数寄者でしかないと、つくづく思わざるを得ない義清であった。せめて、出家後の法名に御歌の意をいただいたものかどうか、そこまではわからない。しかし桜花の散りざまを誓願とする西行の本懐の所以とはなったであろう。


☆小説返歌☆

「おもかげの忘らるまじき別れかな名残(なごり)を人の月にとどめて」


「嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな」

                            ―西行法師


(※1)私は小説家ではありますが同時に歌人でもあります。西行法師の歌の数々には深く感じ入らされ、教えられること甚大なものがあります。この小説の指針ともなるべきもので、章ごとに、または随所に法師の数々の名歌をさし入れ、皆様に味わっていただきたく存じます。なお返歌とは古来和歌の世界では長歌に呼応する歌一首のことで、長歌の末尾に添えられるものでした。それに習ってこの小説の各章に呼応するべく、法師の和歌の数々を使わせていただいた次第です。読者各位においてはご理解を賜りますように。

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