第5話 いつの世も一番弟子たらん
どことなく自らの遠からぬ雲隠れ(死)を予期したような璋子のもの云いに気押されつつも「これはしたり。いずれの僧正をおきてかいまだ沙門にさえならざる者に斯くは託さるる。身に過ぎたる大事にこそ」と応ずるほかない義清だったが、蓋しもっともな奏上ではある。しかし璋子は「あな憎し。いつもいつも逃ぐる者かな。されど汝を知れるはまろじゃ。僧正僧都など知らず。不貞とか、人の我を悪しく云いける折り、この世の業、男の業を一身に被り給いし君なり、見目よく生(あ)れしは咎かと、一人まめだちて我をかばいたるはいつの日か忘れん。世のむなしさをも云いくれしそなたこそ、我僧正なれ。身も心も汝に託してむ。今世も来世も一番弟子たらん。かく頼めばこそ阿漕の浦をもすぐしきつれ…」などと義清が形に逃げることを許さない。この日を置けば最早会うことは出来ないとでもするかのように、控えの間の耳もあらばこそ必死の迫りようである。今は老女房の、主(あるじ)璋子に生涯を尽くした堀河も、そのような主人への愛しさに思わず目元を袂で隠す。しかしまさにこの時「宮様!」と咳払いもせずに控えの間より女房が声を上げた。かかる非礼を怪しんで目元を拭いつつ堀河が急ぎ駆け寄る。「何ごとじゃ」と襖を開けて問えば「院渡らせられます」との御注進。璋子に目をやって「例の、得子様立后のことでございましょう。宮様、ここは急ぎ…」と早口で上奏し且つ女房どもへなるべく院を引きとめるようにと堀河が指示をする。是非もなく璋子は先ほど認めた唐紙を文袋に入れて御座より降り、御自ら義清に手渡した。
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