第3話 仔細ない、申せ

自信強ければ失意もまた半端ならずであり、我血肉となっていた院始め男たちからの愛を失することは、文字通り自らの命を否定されるに等しかった。単に寵愛争いに敗れたというだけでは済まない、さぞやの無念がそこにはあったのである。

「ほほほ、知りませぬ。さだめし義清殿の感性強きがゆえでございましょう」阿漕の浦など知らぬ、誰ぞ手引きしたると言いた気な、後の西行法師に伍する、和歌の名手たる待賢門院堀河の返事であった。まして義清に開陳など出来よう筈もない、ただうつむくばかりである。「賢き者かな。今日日はやりたる、歌詠まんがための恋に等しき汝(な)の出家ならずや。義清、能因法師を真似ぶか?」察しのいい、己が鋭いところを見せて義清を驚かす璋子。まるで母の前で嘘がばれたような面持ちの義清だったが璋子はかまわず「数寄者(すきもの)め」と今度は声音を一変させて更に一言を付け加えた。言葉ばかりは揶揄いのままだが、そこにははしなくも息子に去られる母親の如き、もしくは夫に裏の衣を見せられた(=出家を宣せられた)妻の如き、万端やるかたない、実に寂しげな想いが溢れていた。たちまちち義清は「宮様…」と絶句し、込み上げて来るものを必死に抑える風となる。思わず堀河が控えの間に通じる襖へ目を遣り、心ならずも義清へ声づくりをして見せる。他の女房たちが控える前での真情の吐露を恐れてのことだが、璋子はむしろそれを待っているかのよう。「仔細ない、義清?…(申せ)」と暫し待つが遂に義清は無言のまま。璋子はやるせなげに溜息をひとつ吐いて「堀河、硯と紙をこれへ」と所望し「御簾を上げよ」とも命ずる。

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