エマafter

「お母様。お話というのはなんでしょうか?」


 わたしたち──わたしとフレア、エマ、リーシャ、リリアーナetcの間に生まれた子供は基本的にリリアーナの離宮で育てられている。

 リリアーナとの娘はまあ当然。

 フレアは身体も心も若いままあっちこっちふらふら冒険しているし、エマも研究やらなにやらで不規則な生活が多い。

 『冒険者の街』のお屋敷にも十分な使用人がいるとはいえ、離宮で育てるほうがなにかと便利なのである。

 リーシャとの子供に関しては定期的に伯爵家に預けて向こうの人々とも交流を持っていたりするけれど。


 そんなわけで。


 同じ離宮内にいる二人の娘──エマとの間に生まれた子たちを、ある日、わたしは部屋に呼び出した。


 エマの産んだ黒髪黒目の娘。

 わたしの変な体質はほとんど受け継がなかったものの、古代語魔法の他に精霊魔法の素質も持っている。

 特に闇の精霊とは相性がいいらしく、ときどき暗い部屋で精霊と歓談していたりする。

 わたしは闇の精霊の声も聞こえるのでいいのだけれど、そうでない者にとっては少々不思議に見えていたりするようだ。


 それから、わたしの産んだ金髪・翠眼の娘。

 髪と瞳の色はわたしよりも昏い色合いで、母親譲りの才能を元手に古代語魔法に親しむ傍ら知識神にも入信している。

 どうせなら地母神を一緒に、と思ってしまうのは親の勝手な期待のようで、この子には知を尊ぶかの神さまのほうが合っているらしい。


 二人ともエマに似たのかすらりとした印象の強い美少女なのだけれど。

 一週間程度の時間差で生まれた、ほとんど双子のような──現在十二歳の娘たちをわたしはじっと見て、


「侍女から報告があったの。……二人とも、こっそりエマから魔法の道具を受け取ったそうね?」


 娘たちは揃って顔を見合わせ、困ったような顔をした。


「うん。エマお母様が『あなたたちもそろそろこういうことを知ってもいい時期』って」

「ごめんなさいお母様。でも、エマお母様の道具、とても興味があったんです」


 うん、この血筋と英才教育。

 エマから受け取った道具、というのはもちろんえっちな道具である。

 自由な時間が増え、資金も十分に得たエマは道具の自作にものめり込んでいるらしく、次々に新しいものを開発している。

 それをいかがわしい魔道具店や商人に売って収入にしたりもしているようなので一概に「役に立たない」とは言えないのだけれど。


「いいの。渡したエマに問題があるのだし、受け取ったことは責めないわ。……でもね? わたしにも教えて欲しかったし、使う時は十分注意して欲しかったの」


 侍女たちはリリアーナの血を引いているか否かにかかわらずしっかりと娘たちを見守り、その世話を焼いてくれている。

 そんな娘たちが二人揃って「初めての一人遊び」に興じる現場に出くわし、しかもそれが母親の渡したおもちゃによるものだとわかったとなれば……その侍女の精神状態がちょっと心配になる。

 喜ぶべきか悲しむべきか、叱るべきか諭すべきか。わたしのところに報告と共に相談が来たのも無理はない。


 わたしとしてもエマという反面教師がいる以上、あまり強いことは言えない。

 なるべく頭ごなしにならないように言ってきかせると、娘たちはそれに頷いた後「でも」と言って、


「お母様もいっぱい道具を持っているでしょう? だから私たちも欲しかったの」

「……う」


 それを言われると痛い。


「お母様が自慢げに不思議な道具を持ってくるたびに、『あなたたちにはまだ早いから』とみんなにお部屋に戻されます。エマお母様が道具をくれた時、私たちはとても嬉しかったんです」


 エマが開発した新しいおもちゃはもちろんわたしのところにも流れてくる。

 その時は半分以上の確率で自慢に留まらず『実践』になるのだけれど……そんなところを娘たちに見せられるはずもなく。

 遠ざけた判断自体は間違っていないと思う反面、寂しい思いをさせてしまった罪悪感で胸が痛くなる。


 誰かに相談したいところだけれど、リリアーナも忙しい身。

 言えば、自分の娘であるかに関係なく頭を悩ませ協力してくれるだろうけれど、あまり負担をかけてばかりもいられない。

 ……それにしても、フレアやエマが自由にあれこれしているせいでわたしが完全に母親役なのだけれど、元お男のわたしに任せっきりとはこれいかに。


 ぐぬぬ、と、内心苦悩しつつ「そう」と頷く。


「ごめんなさい。あなたたちの気持ちをちゃんと考えてあげられてなかったみたい」


 腕を広げて迎え入れると、娘たちは素直に抱きとめられてくれた。

 わたしも毎日この子たちの顔を見られるわけじゃない。

 こうして抱きしめてあげられる機会は多くない。

 親子と言ってもそんなにべたべたしないのが貴族の距離感とはいえ、一代貴族であるわたしと平民であるエマの娘たちは身分的には貴族ではないわけで。


 わたしたちの交流を侍女も微笑んで見守ってくれて、


「それで、気持ちよかった?」

「ステラ様!?」


 直後、その侍女に悲鳴を上げられてしまった。いや、そういう意味じゃなくて。


「大きくなれば自然と『そういうこと』に興味が出てくるものよ。だからそれ自体は構わないのだけれど、やり方を間違えるとあなたたちの身体を傷つけてしまうの。だから気を付けて欲しいの」

「でも、お母様が『ちょっと危険なくらいのほうが気持ちいい』って」

「魔法の道具に関するエマの話は真剣に聞かなくていいわ。だいたいろくなことにならないから」

「じゃあ、ウィズおば──ウィズ様に相談すればいい?」

「うん、それもろくなことにならないからやめましょうか」


 子供たちへの教育に良くない師弟すぎる。

 ふう、と、わたしは軽く息を吐いて。


「こういう道具や、身体についての悩みならわたしが相談に乗るわ」

「でも、お母様はお忙しいのではありませんか?」

「あら。わたしがあなたたちの話を邪険にしたことがあるかしら?」


 もちろんその場で聞けないこともあるけれど、話したい気持ちを軽んじたつもりも、後で機会を設けなかったこともないと自信を持って言える。

 その自負が実情とかけ離れていれば心を入れ替えるつもりもあったけれど、幸い娘たちはさらにぎゅっと抱きついてくれて。


「じゃあ、今度からお母様に教えてもらう!」


 ……若干、ベクトルが不安になる発言をした。


「あの、ステラ様。……よろしいのですか?」

「ええ。わからないところでのめり込まれるよりはよほど健全でしょう? それに、こういうのは多かれ少なかれ誰にでもある興味だもの」

「……なるほど、そうかもしれませんね」


 微笑んだ侍女はそれから首を傾げて「やはりステラ様ご自身の経験なのでしょうか?」と尋ねてきたのだけれど……残念ながらそれにはうまく答えられなかった。

 ちゃんと女になったつもりのわたしだけれど、女として生まれ育った経験だけは……うん、どうしてもないのである。

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