リーシャafter
「やっと二人きりになれたわね、ステラ?」
「はい。わたし、ずっとお姉さまに甘えたかったです……」
「ふふっ、わたくしもよ。ずっと、こうやってあなたを甘やかしてあげたかったの」
リーシャとは最初の頃は一緒にいられたものの、途中から共に過ごせる時間が少なくなった。
『聖女』に課された修行を終えた後、『冒険者の街』の神殿に赴任してしまったからだ。
修行期間は同じ街にいたのでちょくちょく会えたけれど、その後はリーシャのほうから会いに来ようとするとエマやボクっ娘に頼まないといけない。
わたしのほうから会いに行くにしても、その場合は向こうのお屋敷で話すことになるのでフレアやエマが乱入してくる可能性が高い。
なので、二人きりになれる時間は貴重だ。
離宮に残されているリーシャの部屋。
奥にある寝室、そのベッドに二人腰掛けて、リーシャから優しい抱擁を受ける。
温もりとにおい、それから柔らかな感触。
何度味わっても飽きることのない、穏やかで幸せなひととき。
にっこり微笑んだリーシャが頭を撫でてくれる。
もう子供扱いされるような歳ではないのだけれど、彼女といるとついつい甘えてしまう。
「愛しているわ、ステラ。誰よりも、なによりも」
「はい。わたしも、お姉さまを愛してます」
見つめ合って、どちらからともなく唇を寄せる。
最初は触れ合うように。
見つめ合いながらまた唇を近づけて、キスの時間を徐々に伸ばしていく。
そうしてお互いの気持ちが高まってきたところで大人のキスに移行して──。
ふと、横目に部屋の入り口を見た。
ドアがほんの少し開いており、そこからいくつかの目が覗いている。
古典的な覗きにここまで気づかないとは不覚。
それだけリーシャとのひとときが楽しみだったというのもあるけれど──相手の気配がすべて慣れたもので、悪意がまったくなかったことも関係しているだろう。
わたしはキスを中断すると、「どうしたの?」と首を傾げるリーシャに目線で答えた。
「…………」
沈黙。
直後、リーシャが笑顔になった。
わたしにはわかる。基本的にいつも穏やかで優しいお姉さまはちょっぴり「おこ」だ。
ベッドから降り、かすかに乱れた着衣を整えたリーシャは、隣の部屋で「逃げるべきか」迷っている娘たちに歩み寄って。
「あなたたち。お話があります」
「……はい、お母さま」
怒った時のリーシャは正直、すごく怖い。
◇ ◇ ◇
わたしたちの間には三人の娘がいる。
二人で相手の子を産んだあと、何年かあけてリーシャがもう一人身ごもったからだ。
伯爵家に縁付かせる可能性も考えて、というのもあった。
貴族や王族の間には「血の濃さを測るマジックアイテム」が出回っていて、それを使えば近親結婚によるリクスを抑えたり血の継承に役立てられるのだけれど。
伯爵家が調べた結果、わたしたちの娘はリーシャと同レベル以上で伯爵家の血を引いていた。
どうやらわたしの『秘蹟』は本当に血の継承に役立つらしい。
そうなると本家に養子縁組して跡継ぎ候補になることもできるし、他の貴族家と縁付く時にも有利になりやすい。
フレアたちとの娘と違ってリーシャとの子は本流ではないもののれっきとした貴族だ。
さて。
わたしが産んだ娘は金髪で、青みがかった翠の目を持っている。
リーシャと同等の伯爵家の血を持つと同時に、彼女は『魔剣』を手にしその姿や重量を変化させる権利を有している。
リーシャや伯爵家とも話し合った結果、魔剣は彼女に受け継がせることになった。
ゆくゆくはその剣を自在に操れるようになるため、剣の稽古にも励んでもらっている。
ただ、本人は心優しい性格で不必要に虫も殺したくないタイプ。どちらかというと地母神に祈り、緑を育むほうが好きな子で、
「……申し訳ありませんお母さま。わたくしが間違っておりました」
叱られた彼女は完全に涙目でしゅんとしてしまっていた。
別に頭ごなしに否定されたわけじゃない。
人の部屋に勝手に入ったり、大事な話を勝手に盗み聞きするのは良くない。そういう行為は相手の信頼を一気に損なってしまう、とこんこんと諭しただけなのだけれど。
真面目な子でもあるのでちょっと薬が効きすぎてしまったか。
一方で、
「ですが、お母さま。わたしたちもお母さまたちともっとお話したかったのです!」
リーシャの産んだ二人の娘は反省の色を見せつつも抗弁してきた。
彼女らは揃って銀髪青目。
上の子は伯爵家の血が(どういうわけか)リーシャよりも濃い。
ドレスやダンスなど華やかなものに興味を示しており、頃合いを見計らって伯爵家と養子縁組する予定になっている。
信仰のほうはリーシャと同じ地母神ではなく至高神。幼くしてそれを選んだ理由は「格好いいから」。
どうやらある種の気高さも備えており、貴族としての素質はかなり高そうだ。
下の子は魔剣を操る素質を持っているものの、身体があまり丈夫ではなく剣術には向いていない。
上に姉がたくさんいるせいか性格は甘えん坊で、特に血の繋がった姉二人には懐いている。
二人がそれぞれ別の神さまを信仰すると聞いた時はどうしたらいいのかとても悩んだ様子だったけれど、最終的に「両方」と決めた。
本格的に修行するならひとつの神に決めるのが通例だけれど、入信レベルで留めるのならば複数の神さまを信仰する者もいる。
極端な話、善神すべてを信仰しても問題はないのだ。
で。
涙目で訴える子供たちの気持ちもわかる。
むしろわたしがリーシャに甘えてしまったのが大人気なかったかもしれないとも思ってしまったけれど……果たしてリーシャは。
見ると、彼女はきっと表情を引き締め拳をぷるぷると震わせて、
「ごめんなさい、わたくしが間違っていました。あなたたちに寂しい思いをさせて、どうして母親だと胸を張れるのでしょう」
うん、そうだと思った。
むしろ彼女のほうが涙を流しながら娘たちを抱きしめる。
「いっぱい甘えていいのですよ。わたくしもあなたたちが憎くて言っているわけではありません。むしろ大好きなのですから」
「お母さま……っ」
リーシャが都を離れて別の街の神殿に行ったのには、同じ家で暮らしていると無制限に甘やかしてしまうから、というのもあったようだ。
実際、娘たちが幼い頃は毎日のように朝昼晩と顔を見に行っては抱きしめ、頭を撫で、愛を囁いていた。
それはもう、わたしが嫉妬してしまうくらいの溺愛っぷりだった。
……まったくもう、仕方ないなあ。
わたしは小さくため息をつくと、うずうずしている身体に従ってみんなを抱きしめた。
「わたしだけ仲間外れはずるいです」
「ふふっ。ステラも甘えん坊さんね」
微笑むリーシャ。
嬉しそうでけっこうだけれど、わたしだって普段、同じ家にいるのに甘やかしすぎてはいけない、とストレスが溜まっているのだ。
教育のためにどうしたらいいか日々頭を悩ませているこっちの身にもなって欲しいというか、わたしにも娘たちを溺愛させて欲しい。
なので、ここぞとばかりに抱きしめて頭を撫でまくった。
……こんなことが何度もあったせいだろうか。
後に、成長するにつれて娘たちは「いつまでもお母さまに甘えていてはいけません」と精神的自立を果たし、あまり甘えてくれなくなってしまった。
むしろ上の二人は最年長であるのもあって他の姉妹たちにもお姉さん風を吹かせ、甘やかす側にまわるように。
愛情深く、それを他人に注ぐのも好きなのはリーシャ譲りかもしれない。
なので。
「お母さま。今日は甘えさせてくれませんか……?」
悩み事や辛いことがあったり、大きな成果を挙げたり、ときどき甘えてくれる時にはこれでもかと甘やかしてあげるようにした。
親愛の証だからとキスを強請られた時は断固としてだめと言い聞かせたけれど。
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