ステラ(16)

「終わりにしましょう、あたしたち」


 フレアがそう告げたのは、わたしたちの結婚式から数日後のことだった。

 わたし、リリアーナ、リーシャ、エマ、フレアだけの場。……と言いつつ侍女たちが傍に控えるのをスルーしているのは、こういう生活に慣れた証拠だけれど。

 気心の知れたプラムたちも、この宣言には目を見開いた。


「突然なにを仰るのですか、フレア様!」

「別に突然じゃないわ。前々から考えていたことだもの」


 反対に、さらりと答えるフレア。

 さらなるざわめきが室内に広がる。

 そっとエマを窺えば、彼女はなんの動揺も見せず静かにティーカップを傾けていた。

 きっと、すでに話を聞いていたのだ。

 お姉さま──リーシャと、それからリリアーナは動揺を隠せない表情。

 知らなかったのは、わたしたち三人。


「……パーティを解散する、ということですか?」


 胸の鼓動を押し殺しながら尋ねると、フレアは「そうよ」と答えた。


「このままだとお互い動きづらいでしょ? リリアーナには公務があるし、ステラもついていくでしょ? リーシャだって聖女様から誘われてたじゃない」

「それは……」


 確かに、彼女の言う通りだった。

 わたしたちはまだしばらく自由に動けそうにない。

 特にリリアーナは半年も城を離れていたのでその分の公務がたまっている。

 わたしも彼女のパートナーとしてある程度の公務には顔を出さないといけないし、パーティではわたしとリーシャ、二人揃って『聖女』から「王都の大神殿で修行をしないか」と誘われた。

 国内最高峰の神殿で、聖女に教えを請えるなんてこれ以上ない環境だ。

 もちろんわたしも心惹かれているし──わたしより自由のきくリーシャはもっと真剣に検討しているはず。


「ぶっちゃけ、あたしはそろそろ飽きてきてるのよね。ここにいるとなかなか戦えないし」

「私も。お城は堅苦しくて仕方ない」


 フレアとエマもこれまではうまいこといろいろやっていた。

 騎士団と訓練を共にしたり、魔物討伐に同行したり。

 ウィズとああだこうだと議論したり、都にある学院で文献を読み漁ったり、宮廷魔法使いたちと知識交換をしたり。

 先方からも快く迎えられていたし、なんなら近衛騎士や宮廷魔法使いにだって望めばなれそうなくらいなのだけれど。

 やっぱり二人は気楽な立場のほうがいいらしい。


 リリアーナがきゅっと手を握り、それを胸に当てて、


「では、お二人だけで『冒険者の街』に戻られると?」

「そ。エマの《テレポート》があれば一瞬だしね」

「戻った後はどうするつもりなの?」

「どうもこうも、適当にやるわ。『至高の剣』とか『駆除する者』に臨時で入れてもらってもいいし、あたしたちだけでもそうそう魔物に負けたりしないわ」


 それは、確かにそうだろう。

 二人ともそれぞれの分野でかなりの高みに至った実力者。

 全員揃っていないと敵わない相手なんてそう多くはない。


 それにしたって、突然すぎる。

 わかっている。これはわたしが勝手をしすぎたせいだ。

 お姫様と結婚して、貴族位をもらって、王族の仲間入りをして、しばらく冒険に出られません、だなんて。

 けれど、これで解散だなんて。


 泣いてはいけない。

 強さを、というか、強くないといけないという無駄なプライドを切り捨てた途端にこれというのも情けないけれど、必死に涙を堪えて。

 フレアがふっと笑った。


「だからさ。お互い会いたくなったら合流するってことで、どう?」

「……ふえ?」


 わたしは、すごく珍妙な声を出してしまった。

 きっと表情も間の抜けたものになっているだろう。

 エマがわたしと、それからリリアーナ、リーシャを見て「別に解散したからって仲間なのは変わらない」と告げる。


「というか、フレアは言い方が良くない。そもそもリリアーナが加入する以上『四重奏カルテット』もおかしい、というのが重要だったはず」

「あー、そっかそっか。ごめんごめん。別にあんたたちに愛想を尽かすとかそういう話じゃないのよ。しばらく別行動、っていうか、やりたいことをやってもいいんじゃないかって話」


 それで……終わりにする、と。

 みんなで一箇所に集まって一緒に動くのではなく、必要な時だけ集まって一緒に戦う。

 それ以外の時間は自分のできること、やりたいことをやって、それぞれに自分を高めていく。


「それ、全然お別れじゃないじゃないですか!」


 そもそもわたしもエマも《テレポート》ができるのだから、行こうと思えば一瞬で行き来できるわけで。

 頬を膨らませて怒ると、フレアは「だからごめんってば」と困り笑顔を作って。


「あんたたちだってずっとのんびりするつもりないんでしょ? ね、リリアーナ?」


 尋ねられると王女は「当然です!」と胸を張って。


「みなさんとの冒険をこれで終わりにするつもりはありません。まだ『最も古き迷宮』を攻略しきっていませんし、森にも連れていってもらっていませんし、それから──」


 やりたいことがたくさんあるらしい。

 わたしたちと一緒に竜殺しを成し遂げた──先に弱らせてあったとはいえ、あの焔竜ヴォルケイノに実質とどめを刺した彼女はこの国の騎士たちからも一目置かれている。

 フレアとわたしが半年みっちり特訓したおかげで剣の腕も抜群。

 将来は王族にして騎士団長も夢ではない、なんていう話まで早くも飛び出している。

 なので、これからも魔物討伐や遺跡攻略を行うのは箔付けとしてむしろ推奨されているくらいだ。


「ほらね。どうせこの娘も半年もしないうちに飽きるわよ。ま、リーシャはわかんないけど」

「? お姉さま?」

「……そうね。その、わたくしは若くて健康なうちに、その、子供を産んでおきたいし」


 その返答にわたしまで顔が熱くなってしまった。

 リーシャ──お姉さまとの初夜に、その、子作りはしなかったのだけれど、貴族女性の初めてを奪った以上、子供を作るのは義務なわけで。

 なんだかんだそろそろ彼女も子供を作ってもいい歳だ。


「そうするとあたしたちも先に子供作っといたほうがいいかしら? ……まあでも、リーシャの場合はそんなに激しい運動しないし、お腹が小さいうちならそんなに問題ないわよね?」

「さすがに妊娠中は控えたほうがいいと思いますけど……」


 高位の女性神官なんかは意外と妊娠中に要請されて遠征、奇跡を行使した事例が残っていたりする。

 というか、リーシャが子供を作るつもりならわたしも同じ時期に妊娠しておいたほうが無駄がないというか……。

 自分で考えておいてものすごく恥ずかしくなりつつ、


「つ、つまり、またパーティの名前を変えるんですよね?」

「そう。なにかちょうどいいのを考えたい」

「! でしたら、わたくしも一緒に考えます!」


 ノリノリのリリアーナと一緒に、みんなでああだこうだと検討。

 どうなるのかとやきもきしていた侍女たちはほっとした様子でお茶やお菓子を出してくれ、離宮と屋敷の両方を並行して運営するシフトを相談し始めた。

 前回も難航したように、今回も名前を考えるのはものすごく大変だったけれど。


 最終的にはなかなかいい感じの名前に落ち着いたと思う。


「じゃ、あたしたちの新しい名前は──」


 一箇所に腰を落ち着けてする合奏ではなく、一人のしたことが他のメンバーの刺激になって、それがまた他のメンバーにも波及していく。

 得意なこともやりたいことも別々だけれど、ひとつに重なり合ったその時には単なる五人分以上の大きな演奏になる。

 共鳴しあって生まれる、わたしたちだけの旋律。


 『姫鳴奏レゾナリア』。


 数字も取り払ったし、きっとこれがわたしたちにとって最後のパーティ名になる。

 そして願わくば、わたしたちの功績がこれからも重なっていくように。

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