リーシャ(11)
「なんだか、すごいことになっちゃいましたね……」
一流の職人が腕によりをかけて製作した純白のウェディングドレス。
それが一度に五着も揃い踏みするのだからそれだけで壮観だった。
リリアーナのものは三重のスカートを施され、たっぷりとレースの配された豪華なもの。
俺のドレスは王女を立てるため全体のボリュームを抑えめにしつつ、袖や胸などを透け感のある生地+滑らかで艶のある生地の二重にして高級感をアピール。
フレアのぶんは敢えて袖の一部やスカートの下部をレースのみで作ることで透け感を演出、軽やかさのある仕上がりに。
エマのはスカートの広がりを抑え、美しいボディラインが映えるデザイン。
そして、リーシャのドレスは女性らしい華やかさを持ちつつも、地母神に仕える者としての意匠が随所に施された特別なもの。
女性ばかりだからと大きな部屋で一緒に着付けを行ったのだが、担当する侍女たちからは着替えている間から感嘆の吐息が漏れていた。
もちろん俺も一生に一度の素晴らしいドレスについついニヤニヤしそうになったし、リリアーナたちの美しさにはつい見惚れてしまった。
だからこそ、身に余る幸せだと少し困ってしまったのだが。
「なに言ってんの。これは頑張ったご褒美よ、ご褒美」
自前の紅に白の衣装、強烈なコントラストで存在感を放ちながら、フレアが笑った。
『うふふ。娘の晴れ姿ってなかなかいいものねー。精霊はこんな儀式やらないし』
彼女の母──大精霊ヴォルカの宿った剣は、さすがに式の間は装着できないものの、侍女の一人が大事に運んでくれている。
元はフレアの父が使っていた剣、ということはある意味、両親に見守られての式、ということになるか。
「うん。まあ、このドレスの代わりに現金をもらったら酒が何本買えるか、って思うけど。これはこれで楽しい」
黒髪黒目に純白のドレスもこれまた映える。
エマは逆に両親とも呼んでいない、本人も特に気にしていない様子だが、その顔には珍しくはっきりと微笑が浮かんでいた。
「ステラお姉さまはそれだけの偉業を成し遂げたのです。……わたくしの伴侶はあなた以外にありえないのですから、胸を張ってくださいませ」
リリアーナと向かい合うと、鏡に向かっているようでいてどこか違う不思議な気分になる。
俺と彼女の背中に浮かんだ花嫁の刻印は結局あれからも消えていない。
代わりに薄桃色の美しい色合いに変化しており──まるで対になっているような雰囲気を感じさせる。
おそらく実際、そうなのだろう。
大元のヴォルケイノが死んだことで『雄役』が消え、俺とリリアーナのつながりは唯一無二のものになった。
雌同士のつがい、という特別な状態ではあるものの、ここに他の竜が割り込んでくることはおそらくない。
少なくとも式までの間に新たな竜が襲来してくることはなかった。
俺は「そうですね」と微笑んで、
「伯爵もお兄様も式に来ていただけて良かったですね、リーシャお姉さま」
銀の髪に青い瞳。
白を纏い、神秘的な雰囲気をこれでもかと強調されたリーシャが俺の言葉に微笑と共に答えてくれる。
「ステラも伯爵になってしまったから、少しややこしいわね」
「あら、リーシャもこれからは『伯爵夫人』よ?」
リリアーナの声には俺もくすりと笑ってしまった。
「領地はありませんけど、肩書きだけでも箔がつきますよね」
「ええ。……末永くよろしくお願いね、旦那様?」
まさかこの姿になったうえでそんな風に呼ばれる日が来るとは。
女の俺が『旦那様』なのは適切なのか、という気がしつつも、俺は手袋に包まれた『妻』の手を取った。
「はい。これからも、よろしくお願いします」
◇ ◇ ◇
式は都にて盛大に執り行われた。
地母神の神殿にて『聖女』直々に祝福を受け、屋根のない馬車で城までパレード。
続いて城の大ホールで国王その他からの祝福を受け、王族貴族の多数出席するパーティを楽しんだ。
式には『至高の剣』のメンバーや『駆除する者』のボクっ娘、『冒険者の街』で定宿にしていた店の母娘やなにかとお世話になった商家の面々なども招待した。
主要な面々には《テレポート》による送迎を行ったのだが、普段そんなものに触れる機会がないからかみんな目を白黒させていた。
一つ一つ思い返しているとそれだけですごいことになってしまうので一言でまとめれば、それは一生忘れられない見事な式だった。
楽しすぎて、真夜中までパーティが終わらなかったくらい。
終わる頃には挨拶等々の疲労と、人に声をかけられるたびに飲まされていたせいでへろへろだったけれど、それもまたいい思い出で。
会場を出た後、侍女たちによって通された静かな寝室で、わたしはほう、と息を吐いた。
手にしたグラスにはたっぷりの氷と水が入っていたのだけれど、水はひと息に飲み干してしまった。水の精霊に声をかけてなみなみと追加するとそれも一気に口にして。
そっと寄り添うように、リーシャが肩に触れてきた。
「……わたくしは、本当に幸せ者ね」
部屋にはわたしたち以外誰もいない。
リリアーナは「わたくしとの初夜はもう済んでおりますでしょう?」とこの夜をわたしとリーシャに譲ってくれた。
堅苦しいのが苦手なフレアとエマも式の後そのまま、というのは柄じゃないそうなので、これから朝までふたりきりだ。
わたしはリーシャの顔をそっと見上げて、
「ごめんなさい。わたしの我が儘でお姉さまとの予定が狂ってしまって」
「いいのよ、そんなこと。……むしろ、この結婚もまたわたくしたちの絆になるわ」
わたしたちは静かにキスを交わした。
「……ねえ、ステラ? 少し、雰囲気が変わった? それともお化粧のせいかしら?」
「パーティのあとでお風呂に入りましたから、お化粧は少ししかしていません。だからきっと、心境の変化かもしれません」
竜殺しという偉業を成し遂げて。
わたしの中にあった男性的な部分は完全に満足してしまった。あるいは最大の戦いを終えて、もう攻撃性を内にとどめておく必要がなくなった。
それからこうして幸せな式を挙げられたこと。
女としての到達点の一つに立って、わたしのかたちは完全にわたしになった。
これで剣を握れなくなるわけじゃない。
しばらくは戸惑うかもしれないけれど、きっとすぐにわたしの剣を掴めるはずだ。
──月明かりの照らす部屋で。
わたしはじっと、リーシャを見つめて。
「お姉さま。わたし、元は男だったって言ったら……信じてくれますか?」
一秒ほどの沈黙。それからリーシャは瞬きをすると、にっこりと笑って。
「記憶喪失は嘘だったの? それとも、過去を思い出したのかしら? いずれにしても──」
細い指でわたしの唇を撫でて。
「あなたはあなた。わたくしの、わたくしたちのステラ。……そうでしょう?」
「……はい。その通りです。わたしはお姉さまたちのステラです」
わたしはグラスを置き、お姉さまと抱擁を交わした。
温かい。
幸せと温もりを感じながら、二人でベッドに腰掛ける。
ゆるやかな、けれどほんの少しだけいつもより早い鼓動の中、わたしたちはゆったりと触れ合い、そしてとうとう、本当の意味でひとつになった。
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