焔竜ヴォルケイノ(2)
俺が近づくと焔竜は今までとは違う声を上げた。
これは、歓喜か。
本来の花嫁ではないはずだが、こいつにとって俺は「アリ」らしい。
傷ついた前足を持ち上げ、俺の身体を捕まえようと乗り出してくるも──当然、俺に身を任せる気はない。
身体にも、心にもある程度の強制力を感じるものの、リリアーナと分け合ったおかげか、それとも期日まで時間があるからか、無視できないレベルじゃない。
《ドラゴンズマイト》。
竜の力を解放しつつ飛び、手にした二本の剣で鱗を切り裂く。
吹き出した鮮血が身体の熱を受けて蒸発。
俺はヴォルケイノの身体を蹴って方向転換すると、彼の顔面を大きく斬りつけた。
手応え、あり。
人どころかワイバーンも丸呑みできそうな口がざっくりと裂ける。
「これで、ブレスは……っ!」
『でかしたわよステラ!』
『少なくとも狙いはブレるから、使いにくくなるよねー』
さらに、『駆除する者』の精霊使いから戦乙女の槍が飛んで鼻先に突き刺さる。
『惜しい。どうせなら目に当てなさいよ』
『フレアちゃん、こんな暴れてる敵相手じゃ難しいんじゃない?』
焔竜の怒りが一心に俺へと向けられる。
他の相手を無視した彼は口を大きく開くと無理やり炎の息吹を吐き出してきた。
チャージが終わっていないため威力は十分ではない。それでも、人一人を焼き殺すには十分な火力だが──。
「わたしたちに、そんなものは効きません……っ!」
ヴォルカと同化した今の俺は炎に完全な耐性を持っている。
無駄打ちに気付いたヴォルケイノはそのまま牙による攻撃に切り替えるも、俺はそれをかわしてさらに口へと攻撃を加えていく。
その間にさらに戦乙女の槍が飛び──。
戦神の歌を歌いながら突進してきた『猛女』が大きく回り込むようにして後方へ。
大型のメイスが尻尾へ叩き込まれると、ヴォルケイノは絶叫を上げ、大きな動きを見せた。
ずん、と、地面を大きく叩くと軽く身を浮かせるような動作をし、それと同時に身体の向きを変化。
鞭のようにしなる尾が『猛女』と『半巨人の戦士』それから『騎士団長』を叩き、吹き飛ばした。
玩具のように飛ぶ人の身体。
身体のあちこちに傷を作り、魔力のほとんどを消費させられてもなお、焔竜は、強い。
尾の一撃をからくもかわした俺もまた、竜からの集中攻撃にさらされた。
左右の爪、牙、頭突きに踏みつけ。
かわしながらさらに敵への傷を増やしていく。傷口から流れ出した竜の血もかなりの量になるはずだが──身体のサイズが違いすぎてその程度ではまったく致命傷になっている気がしない。
俺が惹きつけている間にリーシャと『聖女』が負傷者に癒やしの奇跡を飛ばしてくれる。
竜の攻撃を二、三発食らっても死ぬことのない強靭な生命力。
それがこの戦いで前線を張る最低条件だ。
リーシャたちの魔力が尽きたら戦線が崩壊する。彼女たちには用意できるだけの魔晶を渡し、絶え間ない治癒が可能なように準備している。
おかげで、尾を食らった面々も次々と復帰してきて、
「面白い、そうでなくてはな……っ!」
「殿下の自由のためにも、後顧の憂いを断つためにも、ここで貴様には死んでもらう!」
「っ、ははは! いいねえ、戦いってのはこうでなくちゃなぁ!」
このバトルジャンキーたちがたまらなく頼もしい。
戦って、戦って。
殴って、殴られて。癒やしを受けて。
青年たちがタフな戦いを繰り広げる中、俺はヴォルケイノの攻撃をかわし続けた。
それは、非常識なほどの強化を受けているおかげもあるが、それ以上に竜から常に『視られている』のが大きかった。
意思を読み取りやすいために狙いもつかみやすい。
むしろ、片手間に攻撃されている団長たちのほうがいつ、どこから来るかわからずかわすのに苦労しているようだ。
とはいえ、俺だって決して楽な戦いではなく。
敵もなかなか眼を狙わせてはくれない。傷は増えているものの、どれも致命傷にはならず。
傷は癒せても体力までは回復しきれない。
果たしてこの調子では敵が力尽きるまでもつかどうか。
『っし、そろそろ慣れてきたわ。ステラ、いける?』
「はい! いつでも大丈夫です!」
「おっけ、じゃあ行くわよママ!」
『うん、フレアちゃんとの共同作業ね!』
何度目か数えるのも馬鹿らしくなってきた前足の攻撃をかわすと同時、俺の中からフレアがヴォルカごと「分離」した。
ヴォルカと同化状態で肉体を取り戻したフレアは竜が面食らっている間に大きく跳躍、大きな身体に飛び乗るとそのまま駆けていく。
大きく身を揺すって振り落とそうとするヴォルケイノだが、魔剣を槍に変え、左腕を竜に変えた俺が眼を狙えばその動きを鈍化させた。
やむなく翼を広げ、いったん飛ぼうとする彼だったが、
「残念! それを期待してたのよね!」
炎を纏った鋭利な刃が、ざっくりと、竜の右翼に大きな傷を作り。
「ママ!」
「おっけー。ほーら、内側から焼かれるのはさすがに堪えるでしょう?」
さらにフレアから分離したヴォルカが傷口をこんがりと焼き、自然治癒を妨害。
飛行のバランスに支障をきたし、一瞬の隙を見せたヴォルケイノの瞳についに、戦乙女の槍が突き刺さって。
──今までで一番の咆哮が一帯を支配した。
焔竜の全身、いくつかの鱗が窓のように開き、熱気と炎がそこから吹き出してくる。
全身が異様な熱を持ち、竜はみるみるうちに炎を纏っていく。
まるで融合状態の俺たちのような姿。
ただし、焔竜は火竜の一種とはいえ、炎への『完全耐性は』持っていない。
身体の内側にしてもブレスのために耐火能力を持ってはいるだろうが、斬られた翼のように想定していない箇所は弱いし、なにより、急激な体温変化がまったく堪えないのなら最初からやっている。
これは、敵の奥の手。
まだ、こんな手を隠し持っていたとは恐ろしい。
こちらの前衛も果敢に攻撃を試みるも、興奮状態に陥った竜がさっきまで以上に暴れ出して彼らを吹き飛ばしてしまう。
敵の身体を覆う炎は今のところ《熱防御》で防げているものの、逆に言えば切れた瞬間に致命傷を負うわけで。
なんの問題もなく戦えるのは火に強い俺とフレア。
俺たちは協力してヴォルケイノを幻惑、誘導しながらさらに傷を作っていくも、
「きゃっ……!?」
「フレアちゃん!」
フレアが吹き飛ばされ、ヴォルカも敵がこうなってしまえば得意の炎が意味をなさない。
殺意と、それ以上の激情──所有欲を帯びた瞳が俺を射抜いて。
「さあ、出番ですよ……リリアーナ!」
後方から一直線に駆けてきたのは金色の髪を持つ美貌の王女。
美麗にして最上級の装束を一つ一つ脱ぎ捨てながら、竜の膂力をもって手にした名剣を投擲し。
顎を貫かれた竜が動きを緩めたその隙に、俺の空いた手と指を絡めた。
──身体がとけ、リリアーナの中に入っていく感覚。
フレアにできるのなら、俺とリリアーナにできないはずがない。
精霊の属性を利用した融合。
火の属性が強くなった王女の髪もまた紅に染まり、同時に、俺の持つ竜の属性が重ね合わされたことで、半分に分けていた力が一へと戻る。
完全な竜の力。
この状態ならば、竜語魔法の上位に位置する力をも引き出せる。
《シェイプ・ドラゴン》。
俺と一つになったまま、リリアーナの身体が変化していく。
炎の力と竜の力。
両方を兼ね備え、そのうえで王女の気高さと女性の柔らかさを失わない──焔竜とは異なるタイプの、ドラゴン。
俺の手にしたままだった魔剣は彼女の尾へと変化して。
細く、しなやかで、大きく変化したリリアーナの身体はまるでルビーのようにきらめく。
太く大きな巨体ではなく、細く長い肢体を持つそれは、言わば焔龍。
焔龍リリアーナは高く美しく吠えると、翼持たぬその身を宙に浮かせ、自身に花嫁を強制した『雄』を静かに見下ろした。
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