焔竜ヴォルケイノ(1)

「ステラ様、リリアーナ様。……どうかご無事で」

「シェリーさん。どちらの神に祈られているのですか?」

「プラム様……。いいえ、私はお仕えする神を持っておりませんので、ただ祈っていただけで」

「では、地母神さまにお祈りしましょうか。……いえ、そうですね。ここはやはり、人を守護するすべての神々に」

「はい。大いなる戦いに挑むみなさまに、神々のご加護を」



    ◇    ◇    ◇



「ドラゴン討伐って言ったってやることは変わらないわ。いつも通りやるだけよ!」

「はい! いつも通り、思いっきり自分の力をぶつけるだけです……!」


 戦神の『猛女』が、そして『駆除する者スレイヤーズ』の神官が戦神に仕える者にのみ許された戦の歌を歌う。

 竜の声が持つ、生きとし生けるものすべてを恐怖させる力を打ち消し、全員の戦意を高揚させる。

 その間に、


「ボクは小さい魔法を工夫するほうが好きなんだけどね……っ! 魔力ギリギリのとっておき、《メテオストライク》!」


 ボクっ娘魔法使いが古代語で唱えると、その大量の魔力が空へと上り、魔法陣を描き出す。

 その彼方に生み出された『炎纏う大岩』はこちらへとゆっくり歩み寄る焔竜へと一直線に落ちていき──。

 並の魔物、どころか「並の強敵」でさえも一発で吹き飛ぶだろう切り札に、竜は己の顎を大きく開くことで応えた。

 大量の空気が吸い込まれ、体内に溜め込まれた炎と共に吐き出される。圧縮型の息吹ブレスは隕石に衝突するとそれを破壊、辺りに小さな炎を撒き散らして。


 その時にはもう、魔剣を杖へと変形させた俺が古代語を紡いでいる。


「もう一発! 《メテオストライク》!」


 一度に放てば一度に防がれるかもしれない、だからこその時間差。

 ブレスは強力なぶん、溜めに時間がかかる。

 ならば、とっておきを見せ札にしてでも無駄撃ちさせてやるしかない。


 二つ目の隕石。

 俺もボクっ娘も多量の負担を無理やり魔力量で補って、身の丈に合わない魔法を使っているだけ。本当に魔法の高みに達した『魔女』に比べその威力は劣っているが、


「いくら強大なるドラゴンと言えど、これほどの使い手を複数相手にした経験はないだろう……!?」


 騎士団長の声に、焔竜は再びの咆哮で答える。

 威圧でもブレスでもない。

 彼の持つ強大なる炎の力。それが擬似的な精霊魔法として働き、火の精霊力を高めていく。精霊がいるのは竜自身の体内。

 無理やりに増幅された炎の力はブレスに必要な量を一気に超えて、再び隕石を撃墜する。

 飛び散る火の粉が辺りの大気中にも火の精霊を生み出す。フレアが「さすが、なかなかやるじゃない!」と笑い、


「でも残念。まだ終わってない。《メテオストライク》」


 エマの唱える三発目。

 焔竜は再度、精霊力を支配しようと咆哮。今度は体内のぶんだけでなく大気中の精霊も使おうとするも、


『させるわけないじゃない! たかがドラゴンごときに大精霊様が負けるとでも!?』


 竜の体内にいるぶんには干渉できないが、大気中の精霊ならば大精霊ヴォルカが制御できる。

 ブレスに必要な炎を確保しきれなくなったヴォルケイノは怒りの声を上げながら次善の策を打つ。

 竜の鱗のように編み上げられた魔法陣がエマの隕石を阻み、砕き、共に消滅。


 ──竜語魔法デュアルスケイル


 魔力により生成された第二の鱗。

 それもまた、隕石によって無駄撃ちさせたところで。


「さあ師匠。大きいのをお願い」

「任せなさい。……行くわよ焔竜、これが正真正銘の《メテオストライク》」


 今までのものよりもひときわ大きな隕石が空に現れる。

 本当に、四発連続で撃たれた経験など、いくら焔竜といえどありはしないだろう。

 強力なものから切り札を切ったのはヴォルケイノの失策だ。

 さあ、持てる札は残りどれだけあるか。


 咆哮。《デュアルスケイル》。


 これまではゆっくりとした歩みを止めていなかった竜がとうとう動きを止めた。

 第二の、魔力の鱗だけでは防ぎきれないと考えたのか、竜は脚で地面を砕くと大岩を作り出して投擲、隕石を迎撃した。

 竜の膂力とはいえ隕石の勢いは止めきれなかったものの、そこに魔力の竜鱗が繰り出されると──さすがのウィズの魔法でもほとんどの威力を失ってしまう。

 勢いをなくしただ落ちるだけになった隕石は竜の腕で殴り砕かれ、


『別に名前はないんだけど──せっかくだから《ヴォルケイノ》ってことにしておいてあげましょうか!』


 四発ものメテオによって拡散された精霊力を、火の大精霊ヴォルカがすべて制御。

 実の娘であるフレアの魔力までも引き出し、まるで竜の息吹を思わせるような特大の火球を生み出して。


『あーあー。まだその鱗出せるんだ? でも、そろそろ限界よね?』


 またしても、こちらの攻撃は阻まれた。

 これだけ次々と飛び道具を防がれると、伝承にある「タフな戦士が剣一本でタイマン」は実は正しい攻略法なんじゃないかと思えてくるが。


「露払いは十分だ。後は力と力、存分に殴り合おう、焔竜……!」


 鉄塊の如き剛剣を手に、既にあの男が突貫している。

 ブレスを連発した身体がクールダウンを終えるまで、当然待ってやる気などない。

 半巨人の青年は己よりも圧倒的に大きな竜を相手に一歩も引く気配を見せず、手近な前足にその剣をただ、力いっぱい叩きつけた。

 鱗が剥がれ、肉に浅い傷がつく。

 竜は瞳に怒りを宿して腕を振るうも、最小限の動きで最大限にダメージを軽減、引くのではなくただ耐えて、追撃。

 その姿はまるで、伝説の再来のようで。

 ただ成り行きを見守っていたいと思うような光景だったが、


「おおおおおおおっ!!」


 そこへ騎士団長が加勢にかかる。

 彼の装備もまた決戦仕様。いかなる鎧も無力化するという国宝級の剣を国王から託された彼は、青年とは逆の前足へと切りつけていく。

 伝説級の化け物を相手に剣一本。

 あまりにも無力に思えるが、鍛えに鍛え上げた戦士というものは時に、卓越した魔法使いよりもずっと強い力を発揮する。

 殴られても蹴られても倒れない存在、というのは想像以上に相手の心を揺さぶる。


 それでも。

 焔竜の瞳は俺とリリアーナを映していた。

 彼としては、半年も早く自分からやってきた花嫁を迎えたいだけなのかもしれない。

 けれど、花嫁と決めたのは彼の独断。

 俺もリリアーナも竜の花嫁になどなりたいとは思っていないし、あいつの鼻先にキスするなんて死んでもごめんだ。

 だから。


「いくわよステラ。自分であいつにぶちかましてきなさい」

『うふふ。フレアちゃんとの共同作業とかすっごく興奮する』


 俺は、フレアと真っ直ぐに向かい合った。

 お互い、片手に剣を握ったままに指を絡めて。

 精霊状態のヴォルカが後ろから俺を抱きしめるようにして。

 どくん、と。

 身体が圧倒的な熱を感じる。自分が炎そのものになるような感覚を覚えながら、俺は、フレアとヴォルカの身体が溶けるように自分へ吸い込まれていくのを感じた。


 熱い。圧倒的なまでに身体が熱い。


 髪が紅に染まり、瞳が燃え上がるような真紅に変わる。

 肌を炎が包み、一歩踏み出すだけで跳躍したように身体が前に運ばれていく。

 大精霊ヴォルカとその娘、半精霊フレア。

 二人の存在そのものを自分に融合させた俺は、右に魔剣を、左にフレアの精霊石の剣を握り、焔竜ヴォルケイノに真正面から挑みかかった。

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