そして、決戦の地へ

 約束の半年が訪れようという頃。

 都から馬車複数台にわたる一団が『冒険者の街』へと到着した。

 騎士十名以上、兵士はその倍以上にもなる一団の到着に街の住民はこぞって注目した。

 ただし、その目的はもうみんなわかっている。


「お久しぶりでございます、リリアーナ殿下。ドラゴン討伐のための人員を率いて参りました」

「ええ、遠いところをわざわざありがとうございます、騎士団長」


 この国の騎士団長はちょうど全盛期を過ぎ、代わりに練度がこれでもかと高められきた頃合いの、下級貴族出身の男だ。

 卓越した実力と数々の功績によって団長の座にまで上り詰めた彼がわざわざ来てくれるとは、国王が今回の作戦をいかに重要視しているかがわかる。

 馬車が停まったのは俺たちの屋敷の庭。

 広い家で良かった、と、こういう時は心から思う。出発するまでの数日程度なら彼ら全員を泊めることもできる。この日のためにシェリー以下、侍女たちはいろいろと準備を進めてくれていた。


 さて。


 出迎えたリリアーナは国から与えられた冒険者装備を纏って騎士団長を出迎えた。

 今日出発するわけじゃないしドレス姿でも構わないのだが──俺たちや騎士たちにドラゴンを殺してもらって終わりにするつもりはない、という意思表示だ。

 体質か、精霊が混じったせいか、見た目はあまり変わっていないお姫様。

 その実、筋力も運動能力も見違えた彼女を団長は眩しそうに見つめて、それからすっと目を細めた。


「すっかり見違えましたな。まさか、短い期間でこれほど鍛え上げられるとは。……武技の鍛錬にこの身を捧げた者として、傅くより前に手合わせを願いたいと思ってしまいます」

「ふふっ。それはなによりの賛辞です。わたくしも、己の全力をあなたにぶつけてみたいけれど、竜を殺す戦の前ですからね」


 俺たちも騎士団長には会ったことがある。というか、俺とフレアは手合わせもさせてもらった。

 あらためて挨拶をして、


「お久しぶりです、騎士団長様」

「これはこれは。ステラ様も皆様も壮健で。……以前よりもいっそう腕を上げられたのが見ただけでわかります。身体の疼くような強者とこうも立て続けに出会えるとは、今すぐ団長を辞して荒くれ稼業に身を投じたくなりますな」

「あははっ。団長さんならすぐに名うてになれると思うわよ?」


 騎士団長以下、都から派遣されてきた一団は出発の日まで屋敷に滞在し、作戦の確認や物資の分配等々を行う。


「で、戦力はこれで全部──じゃ、ないんでしょう?」

「エマ殿の仰る通り。この街の冒険者にも協力を要請しておりますし、とっておきの戦力が都から別途送られて参ります」

「とっておきの戦力、というと……」



    ◇    ◇    ◇



「よし、転移成功ね。要人をまとめて虚無に放り込まなくて済んで良かったわ」

「ふふっ。ありがとうございます、ウィズ様。……ああ、『冒険者の街』を訪れるのもいつ以来でしょう」

「もう少し近いならもっと頻繁に来たいんだけどねぇ。たまには凄腕と戦らないと腕が鈍っちまう」


 出発の前日に《テレポート》でやってきたのは、三人。

 服を着ている意味があるんだかないんだかわからない妖艶美女と、薄くしなやかな衣を身にまとった美女、それから巨大な戦棍メイスを背負ったワイルドな美女だ。

 うち二人とは俺も会ったことがある。

 そして三人目も噂には聞いていたため、一目でその正体がわかった。


「ウィズさんに、地母神の聖女さま……それに、戦神の『猛女』さま……!?」


 『猛女』と呼ばれた美女はにぃ、と笑うと「あんたがステラか」と俺に歩み寄ってきて、


「魔女様が送ってくれるって言うから甘えさせてもらったぜ。ドラゴン討伐、一枚噛ませろよ」


 武器を兼ねた腕甲、脚甲、さらに各所に鞘付きのナイフまで装着した彼女はいちおう、衣こそ纏っているものの、風格は歴戦の冒険者そのもの。

 魔物も穢れも一切寄せ付けるつもりはない──とばかりに立つ聖女とは対照的な姿だが、その知名度と実績は聖女に勝るとも劣らない。

 リーシャも感動したように声を上擦らせて、


「聖女さまに猛女さまが協力してくださるのであれば百人力、いえ、千人力と言っても過言ではないでしょう……!」

「そうだろう? まさにそのためにあたしたちが来たんだからな」


 『猛女』の返答が今回の作戦を物語っていた。



    ◇    ◇    ◇



 作戦の決行日。

 俺たちは多くの人──本気で『冒険者の街』の住人の大部分が来てるんじゃないか、というくらいの大観衆に見送られながら朝早くに出発。

 馬車や馬を使って北の山、そのふもとに到着すると『駆除する者スレイヤーズ』の面々と合流した。


「今回はお力をお借りいたしますわ、『駆除する者』のみなさま」

「ああ。……しかし、竜殺しを成そうと言う割に少人数だな」

「ええ。場所が場所ですし、相手がドラゴンですもの」


 あまり大勢で山に入ると山の魔物を刺激し、人と魔物による殲滅戦に移行しかねない。

 ついでに、並の戦力ではたとえ何人いようとドラゴンのブレス一発で全員あの世に送られてしまう。実際に竜殺しに挑むのは精鋭だけで構わない。

 騎士団長がにやりと笑って、


「騎士と兵士は皆様を極力、消耗していない状態で送り届けるための戦力。行きの安全を確保したら先に街へ帰還させます」

「そうして、貴殿だけが参戦する……というわけか」

「ご名答。私が来たのは騎士を統率するためでもありますが、それ以上に、竜の鱗に傷をつけられる戦士は多い方がいいからです」


 というわけで、道中の戦いは騎士と兵士に任せる形になった。

 魔力も体力も消費しないようにできるだけ手は出さない。出してはいけない。

 というわけで、俺たちができるのは、


「わたくしの銃は本番ではあまり出番がないでしょうから……」

「ママのおかげで《ファイアボルト》はいくらでも撃てるのよね」

『任せてー。いくらでも撃っちゃうから!』

「わたしの魔剣に溜め込んだ神聖力もここで使っておきますね」


 ……けっこうあるな?

 リーシャの双銃、フレアの剣(inヴォルカ)、俺の魔剣を変化させた銃を使って手早く雑魚を蹴散らしつつ、奥へ奥へ。

 道案内できるヴォルカがいること、人員の大部分は一度ここに来ていることもあってさくさく進み、あっという間にヴォルカのねぐらがあった辺りまで到着。


「あれ、なんだかぜんぜん暑くないですね?」

「わたくしも……これならば問題なく進めそうです」

「言っとくけど、それ、ステラたちが特殊なだけだから」

「ええ。さすがにこの暑さは堪えるわ」

「はいはい。じゃ、ママ。お願いしていい?」

『はいはーい』


 フレアの剣から実体化したヴォルカが、ドラゴン討伐参加メンバーに《熱防御ヒートプロテクション》をかけてくれて。


「では、団長。リリアーナ殿下。ステラ様。我々はここで帰還いたします」

「ああ。くれぐれも気をつけて戻るように。三日経っても我々が戻らぬようなら──」

「王都にその旨、至急伝令致します」


 人数が一気に半分以下に。

 半巨人の青年は「さて」と背中の剣を手にして。


「ここからは自力で道を切り開くことになるか。……この戦力に挑んでくる愚か者がどれだけいるかな?」


 そんな時、辺り一帯──どころか、ふもとの村にまで届いていそうな大音量で、なにか恐ろしいものの咆哮が響き渡った。

 それは、俺たちの向かう先から。

 俺はその咆哮になにか本能的な恐怖と慕情を覚えてがくがくと震えた。それはリリアーナも同じだったようで、俺たちは手を繋いで、初めて聞く「本物の咆哮」に耐えた。


「なるほどね。……今のが『焔竜ヴォルケイノ』ってわけ」


 フレアの紅の瞳が空の彼方を見据える。

 そして、進行を再開した俺たちを邪魔する魔物は……まるで焔竜の怒りを恐れるかのように、ただの一匹もいなかった。

 草木が耐え、生の岩が乱立する死の渓谷へとたどり着き。

 遠目に、炎そのものを表すような激しい色の巨体がかすかに見えたかと思うと、二度目の咆哮と共にずしん、と、地震のような足音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る