ヒドラふたたび

 あっという間に五ヶ月近くが過ぎた頃、俺たちは特訓の集大成としてあの難関に再び挑んだ。

 『最も古き迷宮』。

 都へ行く前にだいぶ魔力を消費させたとはいえ、隠し部屋の魔物もさすがにもうとっくに復活していて。

 あの時と違ってウィズが同行していないため、罠を見破るモノクルはない。

 シェリーを連れて行かないので人数的にも減っている。

 加えて、今回はリリアーナを伴っての探索。


『危険です。しかも、長期にわたるダンジョン内への滞在など……』


 心配するプラムに、リリアーナは微笑んで答えた。


『大丈夫よ。わたくしももうか弱い王女ではないのだし、お姉さまたちも一緒だもの。それに……』

『それに……?』

『泥水をすすってでも、魔物の肉に齧りついてでも生にしがみつく。その気概がなくてはドラゴンを殺すことなどできないわ』


 もちろん、本当に泥水をすすらせたことなんて一度もないが。


『ここが、噂に聞く「最も古き迷宮」……』


 侍女に啖呵を切ったリリアーナも、その入口に立つとさすがに足を震わせた。

 無理もない。


『あたしたちだって完全攻略はできない。ほんの少しでも無理をして足をすくわれればそれだけで全滅しかねない、そんな場所よ』

『まさに最後の試練』

『ご安心ください。もちろんリリアーナ様の命だけは必ずお守りいたします』

『細心の注意を払いますけど……もしもの時はリリアーナだけでも生きて帰ってくださいね』


 幸い、探索は大きなアクシデントもなく進んだ。

 一歩間違えば、と言っても、情報のある範囲であれば予想外はほぼ起こらない。

 運用できる魔法の鞄マジックバッグがあの頃より増えているので、食べ物や水が尽きる心配もほぼない。

 俺の魔力もエマと同等まで増しているので、念には念を入れて進んでも余力が十分に残る。


 ついでに言うと今回はリリアーナに戦闘経験を積ませることが目的だ。

 罠の探知やマッピング等、ダンジョン探索の心得は最低限で構わない。

 ドラゴン討伐にダンジョンは関わって来ない。

 首尾よく竜の花嫁から逃れられれば、その後も冒険者を続ける必要はないのだ。


 だから、各階の探索は最低限で済ませて隠し部屋を攻略していく。

 キマイラ以下、強力な魔物をみんなで協力して順当に下していって。

 毎日適度なところで隠し部屋で休息。


「……こうして何日もダンジョン内で過ごしていると、冒険者の苦労が身に染みますね」


 しみじみと呟くリリアーナ。

 奇襲の心配がほぼなく、十分に食事も摂れ、何時間か睡眠を取れていても、人の領域から外れた場所に居続けるとどうしてもストレスが溜まる。

 数カ月間、みっちり依頼と鍛錬をこなしてきたとはいえ、冒険は日帰りが多かった。

 そういう意味でこの経験はかなりの負担かもしれないが。


「でも、リリアーナは冒険者に向いている。気配にも敏感だし、耳も勘も良い」

「ありがとう、エマ。でも、それはわたくしが手にした竜の力のおかげだわ」


 身体能力に加えて五感が鋭くなり、味覚が雑食性に変化。

 俺にも共通する特徴のおかげで経験の少ない王女はベテラン並の危機回避能力を手に入れている。


「別にいいじゃない。使えるものは使えばいいのよ。でないとステラなんてわけわかんないわよ?」

「本当に。わたしが戦えるのはみなさんのおかげですからね……」

「ふふっ。そうですね。わたくしに力を与えたこと、焔竜には後悔させて差し上げなくては」


 焔竜と俺たちが相打ち、という可能性もある。

 そうなった場合には最悪、リリアーナには一人で街まで戻ってもらわなくてはならない。

 そういう時にはきっとここでの経験が役に立つだろう。

 精霊魔法を使えるから自前で水を出せるし食材も焼ける。本気で魔物の肉を喰らう気概があれば帰り着くこともきっとできる。


「その前に、前哨戦です。今のわたしたちの力をあらためて確認しましょう」


 ヒドラ。

 かつて、ウィズと共に討ち取ったこいつを攻略できれば、今の『四重奏カルテット』があの頃の俺たちより遥かに強くなった証になる。



    ◇    ◇    ◇



「さて。打ち合わせ通りにいくわよ。いいわね?」

「ええ。相手がどれだけ強大であろうと、やることは同じ。殺さなければ殺されるだけ。ならば死力を尽くすといたしましょう」


 隠し部屋の入り口前。

 ヒドラの像を遠目に、俺たちは最終確認を終えた。

 気力と体力は十分。

 頷きあったあと、俺はリリアーナの名を呼んで彼女をそっと抱きしめた。


「必ず生きて帰りましょう。こんなところで死ぬわけにはいきません」

「はい、お姉さま。……それに、わたくし、不謹慎にも少しわくわくしているのですよ?」


 少女は左腕を竜に変化させながら獰猛に牙をむいて笑った。

 竜語魔法は魔法と名付けられているものの、己の内から竜の力を引き出すだけなので魔法解除の結界の影響を受けない。

 これはこれまでの隠し部屋で確認済みだ。


「強い魔物に挑み、勝利すること。そこにはとても原始的な喜びがあると思うのです」

「……ああ。リリアーナ様もすっかり死線をくぐる経験の中毒ですね」


 リーシャが「困った」というようにため息をつく。

 実際、まるであの半巨人の彼のような物言いに苦笑したくなったが、


「生きる気概があるのはいいことです。頭は冷静に、けれど血は滾らせて戦いましょう」


 と、ここでエマが淡々と、


「と言ってもぶっちゃけ、今の私たちにとってヒドラとか雑魚」


 まあ、さすがに雑魚は言い過ぎかもしれないが、戦いは思った以上にあっさりと終わった。


最大拡大ファイアーボール


 俺と共に一番に踏み込んだエマが、ヒドラの実体化に合わせるようにして特大の火球をぶっぱなし。

 俺は、一瞬遅れて飛び込んできたフレア、リリアーナと共に自分の剣を炎で燃え上がらせて。

 エマと、最後に部屋に入ったリーシャ、二人をかばうようにして三人でヒドラへと突撃した。


 爆発。


 揃いも揃って火の半精霊となっている俺たちに炎は意味をなさない。

 フレアの剣からヴォルカが実体化し、好き放題に《ファイアボルト》を撃つのに構わず、炎をかいくぐってヒドラの首を落としていく。

 俺は両腕を竜に変化させたうえで魔剣をそこにコーティングさせている。

 リリアーナはリリアーナで竜の腕力をもって最高級の剣を振るい、左腕の鉤爪でヒドラの身体を遠慮なくえぐり取る。

 飛び散る鮮血に構う様子などまるでなく。


 ヒドラがまともに行動開始する前の時点で、ヒドラ本体の身は炎に焼かれ、首のうちの三本が再生不能の状態で地に落ちた。


「もう、わたくしの援護も必要なさそうですけれど」


 遠巻きにリーシャの銃が聖なる光をこれでもかと放ち、


「《ファイアーボール》《ファイアーボール》《ファイアーボール》」


 炎なら俺たちに効かないからってエマまで火球を撃ちまくり。


「前回の経験で『当たりの首』がわかってるの、思ったより効いたわね!」


 一分もかからず六本の首を失ったヒドラは残る首で絶叫し、退路がないことに絶望したのかめちゃくちゃに暴れ出したものの、


「申し訳ありませんけれど、劣勢になった途端に被害者のふりをするような品性は──優雅とはとても言えませんわ」


 そういう当人も返り血まみれでめっちゃバイオレンスな見た目になっている、というのはこの際言いっこなしとして。

 残る首がほぼ同時に全部吹き飛び。


「お姉さま! やりました! わたくし、強くなりました!」

「……はい。とても頑張りました。お疲れ様です、リリアーナ」


 敵が完全に動かなくなったのを確認するとまっさきに胸に飛び込んできた彼女を、俺はしっかりと受け留めた。

 お互いに血みどろなので格好がつかないというか、やるなら浄化のあとのほうがいい、とかいうのもこの際言いっこなしである。


「や、本当に強くなったわね、あたしたち」

「だから雑魚だって言った」

「まあ、炎が一方にしか威力を発揮しないなんて反則よね……」


 これで、後は本番までゆっくり休むだけ。

 ここまで経験を積めばこれはもう、じたばたしても仕方ないだろう。


「さあ、それじゃあ帰りましょうか」


 なお、この後地上まで歩いて帰らないといけない、と聞いたリリアーナは、以前俺たちが浮かべたのと同じような、ものすごくげんなりした顔をした。

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