エマ(10)

「あれから身体の調子はどう、ステラ?」

「はい。慣れるまでは戸惑うと思いますけど、強くなったのがはっきりわかります」

「それは良かった。……それにしても、ステラは本当に勇者らしい実力になった」

「まだまだ技術と知識が足りてませんけど……」


 フレアと一夜を明かした俺は、彼女と特別な絆を結んだ。

 それは彼女の『祝福の乙女』が効果を発揮したということであり、同時に俺たちが最大限親しくなり──『憧憬の学び』が完全に効果を発揮したということでもある。


 俺の身体はフレアと同じ火の半精霊と化し、フレアの『祝福の乙女』によって全ステータスが+2された。

 これによって俺のステータスはすべてが30を超え、総合的に見ればフレアたちよりも上、得意分野で比べてもそれほど遜色ないレベルに達した。


「学べる部分は時間をかけて学んでいけばいい。ステラも師匠やフレアと同じで人より長い時間を生きられるんだし」

「なんだか成り行きでそういうことになっちゃいましたね……」


 半精霊になって変わったことはそんなにない。

 フレアだって肉体を持っているわけで、身体が透けるとか炎になるとかそういうわけではないのだ。

 ただ、精霊の存在は今まで以上にはっきりわかるようになった。

 目で視るまでもなく肌感覚で、近くにどんな精霊がいるか、どんな状態かがわかる。少し耳を傾けるだけでその声を聞くこともできた。


「……ふむ。それにしても夜を共にすることが完全に親しくなった証だとは。それとも処女を捧げないとだめ? だとしたら私としてもステラにはメリットがないかも?」

「好きな人とするのはメリットとかデメリットの問題じゃないと思います」


 フレアに続いて今度はエマとベッドを共にすることになった俺。

 前回と違い、部屋に特別な設えは行われていない。

 人に聞かれるといろいろ気まずいので奥まった、あまり人の近寄らない部屋を整えてもらったがそれだけだ。


 今回はエマが黒、俺がピンクの下着を身に着けている。

 黒髪黒目の美女はふふん、とばかりに薄く笑みを浮かべて、


「面と向かって好きと言ってもらえるのはなかなか気分が良い」

「エマさんなら言ってくれる男性はいくらでもいると思いますけど」

「好きでもない男に言われても気持ち悪い。優越感はあるけど、嬉しいのは親しい相手に言ってもらえるから」


 で、男と親しくなろうとは思えない……と来れば、確かに女同士で仲良くなるしかない。


「男の下心なんて師匠関係で飽きるほど見たからもう十分」

「……ウィズさんも本当に罪な女性ですね」

「そう。だからステラも本当に気をつけて。十分な準備もなしにあの女に身を委ねると心まで持っていかれるから」

「女同士でも、ですか?」

「サキュバスの手管が男にしか効果がないなんて思わないほうがいい」


 言って、エマは事前に用意した『道具』を手に取る。


「ステラの底知れない素質には興味があるけれど、私としては道具の使い方も覚えて欲しい」

「は、初めてで道具とか使うんですか……!?」

「? 初めてでもなんでも、気持ちよくなれるならそのほうがいい。それに私は道具には慣れている」


 確かに。


「安心して。フレアがあなたの処女を守ったのなら、私もそれに倣う」

「……えっと」

「これは下着の上から装着できるタイプだから問題ない」

「見るからにいかがわしい形をした道具ですね……!?」


 構造自体は割とシンプル。

 エマがよく用いている棒状のアイテム。身体の中に埋め込んだうえでベルトで固定するあれの、棒の向きが逆になったようなもの。

 要するに装着者の中に入れるのではなく、装着者が他人に使う用途。

 ……というか、俺が性転換によって失ったモノを思い起こさせる形状。


「なんだか普通に男女でするよりもいかがわしい気がしてきました」


 どうしても棒状のものが必要なら男と付き合えばいいわけで、それを女に求めるというのは……うん、背徳感がすごい。


「人聞きが悪い。淫具は人類の叡智。女同士でも男相手の真似事ができる。……つまり、男なんて別にいらないと考えるべき」

「植物が雌株ばかりになったら人類は滅ぶと思いますが……」

「細かいことは気にしなくていい。それに、他にもいろいろ用意した」


 目隠しとか手枷、足枷、首輪、その他もろもろ。


「ステラはこれを好きなように使っていい」

「なんかこれ、普段とあんまり変わらなくないですか?」

「それはそう。だって私たちは互いに深いところまで許し合っているから。最後の一線なんてあってないようなもの」


 言いながら、漆黒の女は俺の肩に手を置いて。


「でも、せっかくだからキスとか……しておく?」


 若干不安そうなゆらぎを黒い瞳の奥に認めた俺は、ああ、と思った。

 エマでも、キスは大事なものなのか。

 彼女も彼女なりにいろいろ考えてくれているのだと、あらためて感じて。


「しましょう。……せっかく、二人きりで一晩過ごせるんですから」


 思うままにエマを責めた俺は、その後、解放されたエマに責められて、



    ◇    ◇    ◇



『探求者 ランク:A

 あなたの魔力を+3する』

『最果てに手を伸ばす者 ランク:S

 実力以上の魔法を行使する際、魔力の消耗を軽減する』


 本当の意味でエマと肌を重ね合わせた翌日、俺はまた新たな『秘蹟』を手にした。


「本当に、あなたの『秘蹟』はとんでもないわね?」


 輝く文字で記されたそれをじっくり確認した『魔女』が感嘆と呆れを交えて呟く。


「あなたの古代語魔法の実力、それから魔力量を考えると──なかなか面白いことになってきたわ」

「というと、もしかして……?」

「ええ。魔力を消耗していない状態なら《メテオストライク》もおそらく発動できる。……私とエマ、それにあなた。三発のメテオなんて計り知れない破壊力よね?」


 ドラゴンにぶつける想定なんだろうが……むしろ大地のほうが心配になるな。地母神の信徒としてはむやみに自然を破壊するのは避けたいのだが。


「ねえ、陛下? 竜殺し、けっこう現実味を帯びてきたんじゃないかしら?」

「……そうだな。想像以上に『四重奏カルテット』の実力が伸びている。これならば、あるいは」


 俺たちが話をしている場所は離宮ではなく、城の奥まった一室だ。

 ウィズに俺の『秘蹟』を確認してもらおうと連絡を取ったらなぜかあれよあれよと国王夫妻と面会させられた。

 他に同席しているのはリリアーナ。

 侍女や騎士もいるが、プラムなど、特に信頼されている者に限定されている。


「しかし、ウィズよ。懸念もあるのだろう?」

「ええ。もし、ステラの『秘蹟』で花嫁の契約を横取りすることができたとしても……それは契約破棄ではなく履行でしょう?」

「あ……っ!」


 契約成立によってリリアーナの竜化が始まるのなら、結婚相手が変わるだけでドラゴンになるのは避けられないことになる。

 反射的に王女を見ると、彼女はこてん、と首を傾げて──。


「ステラお姉さまはわたくしがドラゴンになっても好いてくださいますか?」

「最初に気にするところはそこでいいんですか!?」

「え? ええと、では……わたくしの自我は残るのでしょうか? 残るのでしたら、『王国の守護竜』と呼ばれるのも素敵だと思うのですけれど」

「ふふふっ。やっぱりリリアーナはいい感じに思想が飛躍しているわね」


 いい感じか? 王族の一員としてこれは大丈夫なのか?


「まあ、仮にステラと契った場合、竜化する可能性は低いと思うけれど」

「そうなんですか?」

「例えば黒竜と契ったとして、その相手が火竜や白竜になった話は聞いたことがないわ。竜化は相手に合わせて実施される可能性が高い」

「じゃあ、わたし相手なら竜化と言いつつ半精霊になる……?」

「刻印を施した竜種によって変化する竜種が最初から固定されている可能性もあるけれどね」


 けれどやってみる価値はある。

 失敗してもリリアーナのファーストキスが消えるだけだ。……王族的にはそれもそこそこ大問題だが、そこは目を瞑る。


「後の問題は契約を横取りされた際、相手のドラゴンがどこまでそれを把握できるか。リリアーナが十六になるまで気づかないのか、それとも即座に怒って報復に来るのか」


 わりとそこは賭けになってしまう。

 むしろ成功した時にどうなるかわからないのがリスク、か。

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