ステラ(13)
「ほらほら、リリアーナ! 自分の身は自分で守るんでしょ!? そんな調子じゃゴブリンにも勝てないわよ!」
「は、はいっ! もう一本お願いいたしますっ!」
他人の相手してるのを見るとフレアって本当にスパルタだな。
なんだかんだあってリリアーナへのわだかまりを解いたフレアは、どさくさ紛れに呼び方を呼び捨てに変更したうえ、剣術の指南役を買って出た。
『だってほら、ステラよりあたしのほうが強いし』
暇さえあれば剣を振っている彼女だ、俺の暇な時を見計らうよりはリリアーナも稽古の時間を取れるということで試しに実施してみたのだが……こいつ、相手が王女殿下だってちゃんとわかってるか?
木剣の攻撃を弾き返して転ばせるなんて序の口。
言葉で挑発して奮起させよう、なんて本職兵士向けの訓練方法まで普通に取り入れている。
どうしたその程度か!? とかそういうのは負けん気の強い男子にやるべきだと思うのだが。
「やああっ!」
なかなかどうして、リリアーナも一生懸命に挑んでいる。
まだまだ腰が入っていないし技術も追いついていないが、気持ちだけならかなりのものだ。
痛めつけられながら罵倒されても「あくまで指導ですので」とフレアを信じられるのは育ちが良く真っ直ぐな証拠か。
しばし、離宮の中庭には木剣のぶつかり合う音とリリアーナが尻もちをつく音が響いて。
「……もう動けません」
とうとうお姫様は本格的にギブアップ。
これにフレアは「やれやれ」と木剣を肩にかついで、
「だらしないわねー。筋は悪くないんだから後は練習あるのみよ? あんたは根本的に『身体を動かした経験』が足りてないわ」
「フレアさん、ちょっとリリアーナに厳しすぎじゃないですか?」
尻もちをついたままのリリアーナに癒やしの奇跡を施しながら抗議すれば、紅髪の少女剣士は頬をぷくっと膨らませて、
「なんでそっちの肩持つのよ。ドラゴン殺せるようにならないといけないんだから厳しい特訓がいるに決まってるじゃない」
「別にリリアーナ自身がドラゴンを討ち取る必要はないでしょう? 逃げる時、魔物に邪魔されても対抗できる腕があれば十分です」
「なによ、お姉ちゃんだからってその子を甘やかしすぎじゃないの?」
「お姉ちゃんには妹を無制限に甘やかす権利があるんです」
「なにリーシャみたいなこと言ってるのよ」
ぐぬぬ、と二人で睨み合っていると、さっきまではらはらしながら観戦していたプラムが「お二人は仲が良いのですね」と呟いた。
「まるで娘の教育方針について争う両親のようです」
「りょ、両親って……」
途端、フレアの表情が真っ赤になって、
「そ、そりゃいつかは子供欲しいけどさ。そういうのはまだ早いっていうか。ね、ステラ?」
「ふえっ!? そ、そうですね。変なこと言わないでください、プラムさん!」
俺の抗議をプラムはくすりと笑って受け流して、
「そうです。リリアーナ様が休憩なさる間、ステラ様にお手合わせ願えないでしょうか? 私に心得があることは先日露見してしまいましたし、せっかくの機会ですので腕を磨いておきたいと」
「はい、もちろんです。……でも、プラムさんは短剣使いですよね? そのサイズの木剣はあるんでしょうか?」
「いえ、実剣で問題ありません。ステラ様も思い切りお願いいたします」
「プラムってば覚悟決まってるわねー。ま、そのほうが面白そうだけど」
そういうことならと、俺は魔剣を二本の短剣に分離させてプラムと手合わせした。
総合的な経験と身体能力では俺に分があるものの、短剣の使い方と変則的な対人戦闘術ではプラムのほうが上。
侍女服のロングスカートによって足さばきが見えづらく、蹴りの対応が一瞬遅れたり──俺としても勉強になることが多々あった。
俺たちの手合わせにリリアーナは目をきらきらと輝かせて、
「格好いい……!」
うん、この子の感性もやっぱり相当変わっていると思う。
◇ ◇ ◇
「どうですか、リーシャさん」
「問題ありません。リリアーナ様は身体能力の向上が外見にでづらい体質の方なのかもしれません」
鍛錬の後、俺よりはだんぜん治療関係に詳しいリーシャに念のためリリアーナの身体を確認してもらった。
何度か鍛錬するうちにわかったことだが、リリアーナは下手な戦士よりもずっと筋力も運動能力も高い。
それでいて見た目は華奢なお姫様に見えないのだから詐欺だ。……って、これに関してはあまり俺たちは人のことを言えないが。
「それはおそらく花嫁の刻印の影響かと」
「潜在的な竜化はすでに始まっているということですか?」
「はい、下準備のような段階だとウィズ様は仰っていました。王族としての資質と合わせて、リリアーナ様は優れた才能をお持ちです」
これに頷いたリーシャは俺を見て、
「なんだか少しステラさんに似ていますね」
「本当? だとしたら嬉しいわ。ステラお姉さまと肩を並べて戦えるようになるのがわたくしの目標だもの」
俺と肩を並べて、か。
「わたしにとってのフレアさんたちが、リリアーナにとってのわたしなんですね」
「憧れの方、ということですか、お姉さま?」
「はい。憧れで、追いつきたくて──いつか、自分が守る側になれたら。そう思う人のことです」
「自分が、その人を守れたら……」
噛みしめるように繰り返すリリアーナ。
リーシャは青い瞳を瞬かせると、腕をおろしたまま手をわきわきと動かして──俺を抱きしめたいのを我慢しているのか!?
「ステラさんは十分すぎるくらいに頑張っています。……むしろ、わたくしたちはまだ追い抜かされるわけにはいきません」
「そうですね。一生かけてでも追いついてみせます」
こほん。
プラムのわざとらしい咳払いが場の空気を戻して。
リリアーナは眉を寄せて首を傾げた。
「可能な限り剣の稽古は続けたいと思いますけれど、それだけでは足りない気がいたします。わたくしでもできる、強くなれる方法が他にないでしょうか」
「と言いますと、やっぱり魔法になる気がしますけど……」
俺みたいに三種類も修めるのは明らかにやりすぎとしても、魔力がある程度あるなら余らせておくのはもったいない。
「リリアーナは、魔法を習ったことはないんですか?」
「ありません。古代語の読解はある程度習いましたけれど……」
「魔法を覚えたリリアーナ様が一人で離宮を抜け出さないとも限りませんでしたので」
「もう、わたくし、そこまで考えなしじゃないわ。……信じないでくださいね、お姉さま?」
「……すみません。ちょっと納得していました」
「もう、お姉さままでひどいです!」
俺とリリアーナが契りを交わすことについては正式に国王から許可が出た。
女同士ではあるが一応、国王公認の正式な婚姻という形だ。
ただし、式については大々的にとはいかない。
もともとあまり表舞台に出ていなかった王女だし、刻印を奪い取ることでなにが起こるか予測しきれていない。
式の直後にドラゴンに襲われる可能性も加味すると──大規模な戦闘が行ってもいい場所で、ごく少数での式を執り行うのが最善ということになった。
同席するのはドラゴン戦に参加する者と、式が終わったら最速でその場を離れる限られたサポート要員だけ。
ある程度の準備もあるのですぐにとはいかないが、あまり期日ギリギリになっても失敗の可能性が出てくる。
式の決行は、現在十四歳のリリアーナが十五を迎える日に決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます