ステラ(12)
殺気むき出しだったのは「侵入者でもあったのかと」ということでプラムはすぐ謝ってくれたものの、リリアーナは真っ赤な顔をしたままなかなか落ち着いてくれなかった。
「……事情は把握いたしました。恐れながら、突然結婚を申し込まれれば動揺するのも当然では?」
「……仰るとおりです」
これではさすがに一緒に寝てはいられない。
「お姉さま、申し訳ありません。……心の準備をさせていただくためにも本日はお部屋にお戻りいただけないでしょうか?」
「わかりました。……こちらこそ、お騒がせしてしまって申し訳ありません」
というわけで俺は部屋に戻った。
戻ったのだが……心の準備ってなんか微妙な言い回しじゃないか?
◇ ◇ ◇
翌日の朝、リリアーナは俺に「昨夜は申し訳ありませんでした」ともう一度謝ってくれた。
「お姉さまがせっかく『一緒に寝よう』と言ってくださったのに、追い返すような真似をしてしまいまして……」
「本当にお気になさらないでください。悪いのはわたしのほうなんですから」
「ちょっとステラ、あんた王女様になにやったのよ?」
「ステラ様は昨夜リリアーナ様に求婚なさいました」
「……ステラ、それはひどい。リーシャというものがありながら」
「いえ、あの、それはともかく、ステラさん!? 王女殿下に対して不敬にも程がありますよ!?」
おいこらプラム、合ってはいるけどその説明はいろいろとやばいだろう。
「ち、違うんです。わたしの『秘蹟』なら花嫁の刻印を横取りして契約を無効にできるんじゃないかと思って……!」
「……ああ、そういうこと。私たち三人じゃ満足できなくなったのかと」
「す、ステラお姉さま。みなさまとそのような関係でいらっしゃったのですか……? 女性同士でそんな……ああ、想像しきれません」
「り、リリアーナ様? 無理に想像しなくても、というかわたしたちは『まだ』そういう関係じゃありませんから!」
「……『まだ』としっかり明言するステラ様はとても誠実な方だと思います」
シェリー、それ絶対褒めてないだろ!
「なに言ってんのよエマ。少なくともシェリーもいるんだから三人じゃなくて四人でしょ?」
「フレア? そこはいま訂正するところではないと思うのだけれど」
「四人もの女性と……では、ステラお姉さまは同性に魅力を感じる方なのですね? それならばわたくしにもチャンスが……」
なんで話がどんどん変な方向に拗れていくんだよ!?
「……こほん。失礼いたしました。なにはともあれ、お姉さまのご提案については検討が必要です。昼にもう一度ウィズ様にお越しいただきますのでそこで話し合いましょう」
幸い、すぐリリアーナが話を引き戻してくれて、話はウィズを交えての場に持ち越しとなって。
◇ ◇ ◇
「ふふっ。ステラったら、たった一晩でそこに思い至るなんて本当に優秀ね?」
「……ということは、それも最初から考慮に入っていたんですね?」
昼食の席にやってきたウィズはまたしても酒を呑みつつ悠然と言い放った。
こいつはいったいどこまで先読みしているのか。
ついジト目になってしまう俺だが、罠に嵌められているわけではなく、敵でもないので特に文句も言えない。
「まあ、一応ね。リリアーナ以外の主要人物もそのことは知っているわよ?」
「え? 主要人物……と言いますと……?」
これにきょとんと瞬きをしたのはリリアーナ。
後ろに立つプラムは、主から視線を向けられるとわざとらしく視線を逸らして、
「リリアーナ様にお伝えしてしまいますと殊更ステラ様を意識してしまうと思いまして、みな、口をつぐんでおりました。申し訳ございません」
「……それじゃあ、わたくしがステラお姉さまと仲良くなるのをみんなが後押ししてくれたのは……」
王女の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「まあまあ、あなたが誰と親しくなるか、無理強いしなかった忠誠心を褒めてあげなさいな」
「というか、リリアーナ様はご存知なかったのですね?」
「わ、わたくしはそんな下心でお姉さまに近づいたりいたしませんっ!」
かと思ったらぷくっと頬を膨らませてしまった。
「も、申し訳ありません。わたしもリリアーナ様と親しくなることができてとても嬉しいです」
なんとか宥めにかかると、王女様はこっちをちらっと見て、
「リリアーナ」
「?」
「リリアーナと呼び捨てにしてくださったら許します」
いや、それは、ちょっと待て。
「尊い方を呼び捨てにできるのは家族か上位者くらいだと思うのですが……」
「あら。お姉さまはわたくしを娶ろうとなさっているのでしょう? でしたら『婚約者』ということになるのではありませんか?」
親の同意がなきゃ婚約にはならないだろ……って、国王が事情を知ってたなら実質合意の上なのか?
ウィズが含み笑いから、けらけらとあかさまな笑い方に変わって、
「いいじゃない。呼んであげなさいな、ステラ」
「……うう。わかりました、では……リリアーナ? 機嫌を直してくれますか?」
「っ。はいっ、ステラお姉さまっ」
ぱっと笑顔に戻ってこの反応。
……自分が可愛いことを知っていておねだりに躊躇のない女の子とか最強の生き物じゃないのか。
と、そこでフレアが「それでさ」と割って入って、
「王女様とキスするんだし、女同士って言っても大問題じゃない? 王様的にはそれでいいわけ?」
「リリアーナを冒険者にするところまで許容していらっしゃる方よ? 地母神信仰のステラとなら子供も作れるんだし、なんの問題もないわ」
「記憶喪失の冒険者ですよ? いいんですか?」
「あなたの『秘蹟』の適用範囲次第では血統まで誤魔化せるじゃない。下手したら『血の多様性を広げたうえで血の濃さを維持する』ことさえできるはず。そんなの願ったり叶ったりだわ」
王女であるリリアーナは「王家の血を存続する」という使命を負っている。
その使命に俺の『秘蹟』が反応した場合、俺は「王族であり、かつリリアーナとは親も先祖も異なる」ものとしてリリアーナと子を成すことができる。
血を薄めずに「血が濃くなりすぎる」リスクを回避できるとか、血統重視の家からしたら馬鹿みたいにすごいメリットだ。
「というか、リリアーナ様──リリアーナとキスした場合って、やっぱりわたしが責任を取ることになるんでしょうか……?」
「当たり前でしょうに」
「お姉さま、わたくしの唇を奪っておいて他の男と結婚しろ、と仰るのですか……?」
「いえ、そんな……! わたしとしてはリリアーナの相手になれるなんてこの上ない幸せなんですが!」
なんか急展開すぎて混乱してきた。
「リリアーナはそれでいいんですか? 好きな男性とか……」
「いません。まともな結婚ができるとは思っておりませんでしたから。……それに、心の準備ならもうできております」
やっぱり『心の準備』ってそういうことなのか……!?
「お姉さまのお嫁さんになるのでしたら冒険にも連れていっていただけますよね? わたくし、お姉さま以上のお相手はこの世にいないと思います!」
「え、あの、結婚するにしてもわたしがリリアーナのお嫁さんだと思うんですが」
「気にするのはそこでいいの、ステラ?」
「でも、お姉さまはリーシャたちとも結婚するのでしょう? ……もちろん、わたくしはお姉さまがわたくしの妻となったうえで愛人を取るのでも構わないのですけれど」
いいのかそれで。
本当に俺としてはなんの問題もない。この妹のような少女の傍にいられる──運命を共にできるとしたら、フレアたちと冒険を繰り広げられることと同じくらい幸せだが。
俺は仲間たちを振り返って、
「あの、みなさんはそれでいいんでしょうか……?」
なんか俺、ものすごく傲慢なことを聞いてないか?
三人と結婚する約束をしていたくせに自分の都合で一人増やすなんて、さすがに彼女たちでも、
「は? いいわけないでしょうが馬鹿なの?」
ですよねー?
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