リリアーナ(5)

 しばらくすると「なんだ、誘っていいんだ」とばかりにいろんなところからお誘いが来るようになった。

 内容は「剣を交えてみたい」とか「我が家に珍しい文献が」とか「美味しいお菓子をご用意して」とかいろいろ。

 これについてはリリアーナが窓口になってくれて、基本的に彼女と一緒に参加、それ以外はお断りすることができた。


 いや、しかし、本当に貴族社会ってのは別世界だ。


 リーシャの実家はあれでもまだ庶民的なほうだったんだな、と思う。

 魔物の多い地域を仕切っている地方貴族なので若干ピリピリしてるというか、庶民の生活にも気を配らないといけない。

 対して都の貴族はとても優雅で、その分知識と教養に富んでいる。


 目下、礼儀作法練習中の俺は受け答えだけで四苦八苦だった。

 けれど、意外とためになることも多い。

 珍しいマジックアイテムの話や魔物の逸話を聞けたり、彼らの知っていることも馬鹿にならないのだ。ウィズはきっとこういうのを無数にたくわえているんだろう。


 王族貴族に対するリリアーナも王女としての気品、威厳を備えていて──なんというか格好いい。


「わたくしは大した役割を負ってはいないのですけれど」


 と言いながら数日に一度はいろんな用事で出かけて行くし、勉強に時間を割いていることも多い。

 お姫様もなかなか大変なのである。

 帰ったら子どもたちに教えてやろうか。いや、夢を壊すことに繋がるだろうか。


 と、そんなある日。


「あの、ステラお姉さま? わたくしに剣術を教えていただけませんか?」


 俺はリリアーナからそんな頼みごとをされた。



    ◇    ◇    ◇



「教えるのは構いませんけれど、指導なら騎士のほうが適任では?」

「いいえ。わたくしが習得したいのは実践的な剣術なのです。一人で苦境を切り抜けられる冒険者の剣を教えてくださいませ」

「ええと……魔法で治せるとはいえ、リリアーナ様に怪我をさせてしまう可能性もあるのですが」

「ですので尚更ステラ様にお願いしたいのです。姫様に傷をつけたとあっては騎士の責任問題になりかねません」


 俺なら良いのか? と言えば、俺はあくまで外部の人間だしリリアーナの客なのでそうそう責任追及はできないらしい。

 というわけで、俺は仕方なくこれを了承した。

 プラムたち侍女まで後押ししている感から、むしろ乗ったほうがいいのでは? という気がしてきたからだ。


 フレアに頼むという手もあったが、あいつに初心者への指導ができるかどうか怪しいのでひとまずやめておく。

 俺はリリアーナに他の予定がない日を見計らって彼女を中庭に連れ出した。


「それにしても、リリアーナ様のそういう格好はとても新鮮ですね」

「はい。どうでしょう、お姉さま? 似合っていますでしょうか?」


 乗馬用に誂えられたパンツルック。

 男装──とまではいかないもののしっかりしたつくりをしており、肌を露出していないのである程度怪我を防げる。

 若干照れくさそうに、それでいて誇らしげに一回転したリリアーナの姿はいつもと違う印象で、また別の良さがあった。


「とても良く似合っています。素敵です、リリアーナ様」


 男物に近い仕様のようでいて少女の体型に合わせられたそれは可愛らしさも内包しており、どこか不思議な魅力がある。

 とはいえあまりじろじろ見るのは失礼か。

 俺はこほんと咳払いをして剣を持ち上げる。


「訓練用に木剣を用意していただきました」


 木を削り出して作ったまがい物。……ただ、その辺の店で売っている一山いくらのものより格段に出来が良い。

 観賞用なんじゃないかと思ってしまうほど精巧に剣を模しており、もちろんささくれとかもない。


「まずは剣を手にして構えるところから始めましょう」


 リリアーナの分はプラムが両手で保持している。

 それをお姫様は不思議そうに見て、


「構えるだけなのですか? それくらい誰にでもできそうですけれど……」

「木剣と言ってもかなり重さがあるんです。最初は同じ姿勢で構えているだけでも辛いはずですよ」


 普通、お姫様は重い物を持たない。

 ティーカップより重い物を持ったことがない──とまでは言わないが、たまに楽器を手にする可能性がある程度か。

 であれば無理のない範囲で力をつけるところから……。

 思いながら、俺はプラムから木剣を渡される様を見て。


「ほら、やっぱり。これくらいわたくしでも持てます」

「……ええ?」


 女性用にやや短めとはいえ、木の塊だぞ?

 十分重いはずのそれをリリアーナはかるがると受け取って無造作に握って見せた。

 重さで腕が下がったり、顔をしかめたりする様子は──ない。


「え、いや、そんなはずは……? 成人した男性冒険者だって苦労する人はいるんですよ?」


 ぶっちゃけ、駆け出しの頃の俺や古代語魔法使いのモヤシ野郎なんかよりよっぽど力も体力もありそうだ。


「ひょっとして王族の方は基本的な身体の性能からして違うんですか……?」

「さすがに歴戦の冒険者の方々と同等……とはいきませんが、その傾向は確かにございます」


 と、答えたのはプラム。


「ですが、これはどちらかと申しますとリリアーナ様のお力です」

「ふふっ。お姉さま? わたくしを子供扱いしないでくださいませ?」

「……確かに、そうですね。わたしがリリアーナ様をみくびり過ぎていました」


 わりと本気で羨ましくなってきたぞ王族。

 俺は若干の悔しさとともに笑みを浮かべて、


「では、予定を変更して……真っ直ぐ構えた剣を真っ直ぐ振り上げ、振り下ろす。これを覚えていただきましょう」

「え? お姉さま、それも簡単な気がするのですけれど……」

「リリアーナ様。ステラ様の指示に従ってくださいませ。これはそれほど楽な訓練ではありません」

「え、ええ。プラムまでそう言うのなら」


 そうして剣を構え、振り始めるリリアーナ。

 俺とプラムは半信半疑だったお姫様に容赦なく(さすがに口調は柔らかくしたが)「右腕が下がっている」とか「振り上げが甘い」とか「剣先がぶれている」とかダメ出しをしまくった。

 一時間もする頃には少女は顔に疲れを滲ませ──木剣をプラムに渡すと、よろよろと身を委ねるように俺の腕につかまってきた。


「……なるほど。型とは、同じことを同じように何回でもできなくてはならないのですね?」

「はい。もちろん応用も大事ですけど、身体に覚え込ませた基本の動きは実戦でも役に立ちます」

「……わかりました。わたくし、剣術を甘く見るのはやめにいたします」


 それから小休止をはさんでもう一時間繰り返したところで、その日の訓練は終わりになった。

 さすがにリリアーナはへとへとで……それでも地面に座り込んだり木剣を投げ出したりしなかっただけとても上品で礼儀正しかったと言っていい。


「うう。腕が棒になったようです……」

「念のために癒やしの奇跡をかけておきましょう。強めにかければ痛みを完全に消すこともできますけれど……」

「奇跡で癒やしすぎると訓練の成果も薄れてしまうのでしょう? 最低限でお願いいたします、お姉さま」

「いざとなればお食事は我々がリリアーナ様のお口にお運びいたします」


 プラムたちの場合、冗談じゃなくてガチで「はい、あーん」をするから怖いな。


「お姉さまたちはやはりすごいです。このような訓練を当たり前にこなしているのですから」

「冒険に出たら街に帰るまで泣き言を言っていられませんからね。剣を振れなくなった状態で魔物に襲われたら一巻の終わりです。……それにしても、少しやりすぎてしまいましたね。だいぶ汗をかいてしまいました」

「はい、わたくし、こんなに汗をかいたのは初めてです」


 疲れているはずなのに、リリアーナはおっとりと微笑んで、


「そうだ。お姉さま、一緒にお風呂へ入りませんか?」


 その誘いが──俺がリリアーナの、そして王家の真意を知るきっかけになった。

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